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スポーツの力・広がる笑顔 世界へつなぐ五輪国際広報

スポーツライター 丹羽政善

東北メディアツアーでは海外ジャーナリストが被災地を訪れた(18年9月)=東京2020組織委員会提供

東京五輪・パラリンピックの準備状況や取材体制の説明が行われたワールドプレスブリーフィングのオプショナルツアーとして「東北メディアツアー」が行われたのは2018年9月7、8日のこと。米国、フランス、ドイツなど13カ国、24人の海外ジャーナリストが被災地を訪れた。宮城県女川町では、サッカークラブ「コバルトーレ女川」のゼネラルマネジャーの阿部裕二と、同チーム初の地元出身選手となった千葉洸星によるトークセッションが行われ、その様子も取材した。

「被災地復興において、スポーツがどんな役割を果たしているのかを知ってもらいたい」と東京都が主催した一連のツアー企画に携わり、関係団体とのつなぎ役も務めた大会組織委員会の国際広報担当課長・小倉大地雄は、改めてスポーツの力を実感。その力が、2年後に開催される東京五輪・パラリンピックによって世界へ伝わることを疑わなかった。

宮城県女川町ではコバルトーレ女川のゼネラルマネジャーと地元出身選手が参加するトークセッションが開かれた=東京2020組織委員会提供

「これまで世界中の人から支援をいただきました。その感謝を表したいとも考えていました」

予定通りなら20年7月22日、女子ソフトボール代表チームのエース上野由岐子の誕生日に、東京五輪・パラリンピック最初の種目としてソフトボール競技が福島県営あづま球場で行われるはずであり、あの時点で、2年を切っていたその日が当たり前のように訪れることもまた、小倉は疑っていなかった。

小倉が所属する国際広報チームには17人が在籍し、そのうち5人が外国人スタッフ(米国、フランス、オーストラリア、台湾、英国)である。それぞれ役割は異なるが、彼らは今年3月、大会組織委員会が主催するテストイベントの準備に追われていた。

東京大会組織委員会の小倉大地雄氏

「テストイベントがちょうど"Wave3"と呼ばれる時期に入り、いよいよ大会本番に向けて、オペレーション準備の仕上げ段階に入るところでした」

18年秋から始まったテストイベントは、各競技団体が主催するものと組織委員会が主催するものに分かれ、競技・大会運営の能力向上が大きな目的。本番での課題を整理すると同時に、イベントを通じて競技の認知度を高めていく狙いもある。一般になじみのない競技に関しては、「バックグラウンドやルールが伝わるよう各競技団体と協力しながらその浸透を図る必要がある」と小倉。国際広報担当課長であると同時に、スポーツ会場の広報担当もしていた小倉はそれを陰で支えたが、様々なやり取りを通して、そうした競技団体の熱量にたびたび触れた。

「特にスポーツクライミング、サーフィン、スケートボード、空手といった今回の大会で追加種目として初めて五輪種目となった競技団体は、力の入り方が違う」

東京五輪では通常の28競技に東京五輪のビジョンなどが反映された5競技が追加されたが、後者の競技団体にしてみれば、五輪でどう認知され、競技人口を増やしていけるかが、その後を大きく左右する。小倉も「スケートボードなどでいえば、確かに米国ではXゲーム(米スポーツ専門局ESPN主催の大会)など大きなイベントがあるが、(視聴者の)ターゲット層が限られる。しかし、五輪種目となると、これまでそのスポーツを知らなかった人の目にも触れることになる」と背景を説明した。

「競技団体や選手にとってそのことは、そのスポーツの魅力を伝え、発信する絶好の機会になる。立場上、肩入れするわけにはいかないのですが、サポートにも力が入ります」

スポーツクライミングなど東京五輪の追加種目となった競技団体は競技のアピールに力が入る=共同

そういえば、スノーボードが五輪競技となったのは1998年の長野五輪からだが、当時、世界のトップボーダーは、いろんな事情があって五輪参加には否定的だった。ただ、長野五輪でハーフパイプの日本代表となり、平昌五輪では日本代表チームのスロープスタイル、ビッグエアのコーチを務めた西田崇が当時、こんな話をしていた。「親とかも、スノーボードのことをただの遊びだと思っている。でも、真剣にやっているということを、いろんな人に分かってもらいたい」

彼にとって五輪出場は、スノーボードを広く理解してもらうための手段だった。実際、出場が決まり、チケットが売り出されると、彼の母親は早朝から列に並んだそう。五輪にはそういう力がある。

今年3月に話を戻すと、様々なテストイベントの準備と並行して小倉たち国際広報チームは、12日にギリシャで行われる聖火の採火式、そして日本での聖火リレーに関わる広報活動にも携わっていた。ただ、その採火式の少し前から、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、開会式に向けて正確に刻まれていたはずの時が狂い出す。6、7日に実施されたスポーツクライミングのテストイベントを最後にその後のテストイベントが実施保留となった。

12日の採火式は無観客で行われ、そのまま聖火リレーが始まったものの、沿道に多くの客が集まったことから、感染拡大を懸念したギリシャ政府が翌13日には中断を指示。19日にはともに五輪3連覇を達成したレスリング女子の吉田沙保里と柔道男子の野村忠宏が現地での聖火引き継ぎ式に参加し、聖火を日本へ持ち帰る予定だったが、出国直前にストップがかかった。

「17日にギリシャが入国者を制限し始めたことで、吉田さんたちが渡航できなくなり、その後の予定も不透明となってしまった」

当時の緊迫した雰囲気を、小倉ははっきり覚えている。方々から「本当に五輪が開催できるのか? 中止、延期もありうるのか?」という問い合わせが入り始め、「予定にない記者発表、メディア対応が増えた」とのこと。前後して、米水泳連盟、英陸上競技連盟などが正式に延期を要請。カナダは選手を派遣しない方針を固めた。そして影響力が大きいがゆえ、発言に慎重だった世界陸連のセバスチャン・コー会長でさえ延期をほのめかしたことで、大きく潮目が変わった。

結局、3月24日に五輪の1年延期が正式決定したが、「直前まで、半信半疑だった」と小倉は振り返る。「決まった瞬間、オリンピック開催までに予定されていたことすべてが白紙となり、気持ち的に整理がつかなかった」

五輪延期を巡り記者の質問を受ける小池百合子都知事(3月)

とはいえ、彼らまで立ち止まるわけにはいかない。世界中の参加国、競技団体が、彼らが発信する情報を求めていた。「東京に駐在している世界中のメディアに対応し、並行して参加国、競技団体へ連絡を行った。世界陸上競技連盟や国際サッカー連盟などは独自の広報網があるので、そこにリリースなどを送れば、うまく末端まで周知してくれる。しかし、小さな競技団体だと、広報とマーケティング担当が一緒ということも少なくないので、サポートが必要です」

まずは、テレビ、新聞、ラジオといった既存のメディアを通じて、ということになるが、今の時代、人々の生活様式も多様化し、これまでの対応だけでは必要かつ正確な情報を届けることができない。ましてや、相手は文化や習慣が違う世界の国々。 競技団体も同様。あらゆる手段を駆使することになるが、当然ながら今やSNS(交流サイト)などの活用も重要。組織委員会の中には、デジタルの専門部署でグローバル発信に特化したチームもあり、彼らがSNS戦略を担っているそうだ。

そうした伝えることの難しさは一般社会でも同じ。伝達手段が多種多様となった分、情報が氾濫し、逆に目に触れにくくなることも。様々な発信ツールがあることは便利な一方、その仕組み、構造を理解しなければ、効果的な手が打てない。ちょっとした不注意が逆効果を招くこともあるだけに、最大限の効果を得るための工夫、仕掛けが発信者には求められる。今回の場合、イレギュラーが続いたからこそ、その対応力や手腕がいっそう問われたのではないか。

さて、本来であれば、すでに国際広報チームは解散していてもおかしくなかった12月2日、「第6回東京オリンピック・パラリンピック競技大会における新型コロナウイルス感染症対策調整会議」が行われ、中間整理がまとまった。海外アスリート、外国人観客への対応が盛り込まれ、小倉ら国際広報チームはすぐさまその内容を世界に発信したが、各国の代表が事前キャンプを行う日本各地のホストタウンの方々のことを思うと胸が痛んだ。

中間整理では彼らが主催するイベントなどに関し、「充実した交流を実現し、それを大会後のレガシーとしてつなげることが重要」との文言が盛り込まれたが、大会前の交流は接触が生じない公開練習の見学などに限定される見通しとなった。

「海外アスリートとの交流は、国際大会における大きな意義」。そう力説する小倉は続ける。「横浜では、英国代表が事前キャンプを行う予定。そのときの交流の様子が、例えば英BBCを通じて英国に伝えられれば、横浜の魅力も伝わったはずです」。冒頭で触れた東北メディアツアーでも、小倉はそれを実感していた。

組織委員会は、東京五輪・パラリンピックの開催が決まったときから、時間をかけて準備を行ってきたが、それはホストタウンも同じ。その努力、想いに触れてきたからこそ、小倉たちは顔を曇らせた。「せめて、出場後に交流イベントができればいいのですが」

くだんのメディアツアーでは、競泳の中村真衣(00年シドニー大会メダリスト)、柔道の杉本美香(12年ロンドン大会メダリスト)といったかつてのオリンピアンも地元の子供たちと交流し、そこに笑みがあふれた。同じような笑顔が、見られるだろうか。

こんなときだからこそ、スポーツの持つ力が必要とされている。そこで生まれた笑顔でどう世界をつないでいくか。小倉たちは日々、できることを考えている。

(敬称略)

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