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大谷、ルースを現代によみがえらせる架け橋に

スポーツライター 丹羽政善

壁に一枚のモノクロ写真が飾られていた。

スーツ姿のベーブ・ルースが、ソファに座って足を組み、新聞を読んでいる。いつごろの写真だろうと思いをめぐらせていると、横にいたトム・スティーブンスさんが、「引退後であることは間違いない」と教えてくれた。

「ベーブは現役時代、新聞を読まなかったらしい。目に悪いかもしれないという理由で」

先日、NHK-BS1「ワースポ×MLB」(午後11時〜)の取材で、米ニューハンプシャー州コンウェイで夏を過ごすベーブ・ルースの孫、スティーブンスさんを訪ねた。彼は、ルースの子供の中では最後まで存命し、2019年に102歳で他界したジュリアさんの息子である。

ルースが生きていたら、大谷翔平(エンゼルス)の活躍をどう見ているのか? 大谷によってルースの名前がよみがえることは、スティーブンスさんら家族にとってはどんな意味を持つのか? インタビューは28日の番組内で放送予定なので、詳しくはそちらに譲るが、今回は取材の舞台裏を少々紹介したい。

まず、なぜコンウェイなのか。

米北東部にあるその小さな町は、ボストンから車で約2時間半の距離にあり、夏は川下りやハイキング、冬はスキーで有名な観光地だ。幹線道路の渋滞を見ながら、「間もなく紅葉が始まる。そうすると、もっと道が混むようになる」とスティーブンスさんは苦笑したが、ボストンからの道中、北へ車を走らせるにつれ、すでに葉の色が変化していくのが分かった。

ゴルフ大会に招待されたルースがその地を訪れたのは、引退後のこと。同伴した娘のジュリアさんが、クランモア・マウンテン・ロッジというスキーロッジを営むディック・フランダースさんと知り合って1940年に結婚すると、以来、ルースとコンウェイには深いつながりが生まれた。

ルースの定宿はもちろん、娘が嫁いだクランモア・マウンテン・ロッジ。いつも決まって、背番号の3号室ではなく2号室に泊まったそうだが、現オーナーによると、「ファンの方はそのことを知っていて、いつもその部屋から予約が埋まる」と教えてくれた。

ゲームルームには、ルースの死後、ニューヨークの自宅にあったものをジュリアさんが引き取ったというコーヒーテーブルが残されており、その部屋の一角に、冒頭で触れた写真が飾られていた。

「このロッジは昔のまま。母と祖父のつながりもこうして残っている」。スティーブンスさんは、感慨深げだった。

ルースが1948年に亡くなり、翌49年に夫をなくしたジュリアさんは、2年間も暖冬が続いた影響で50年にロッジを手放したが、代々のオーナーが、ルースとの縁をそうして引き継いでいる。その後もコンウェイに住み続けたジュリアさんは再婚し、スティーブンスさんが生まれた。ルースが亡くなって4年後のことだった。

「子供の頃、家に飾ってある写真を見て、自分のおじいちゃんがベーブだということは分かったが、それが何を意味するのか分からなかった」とスティーブンスさん。

「テレビで特集されているのを見て初めて、その存在の大きさに気付いた」そうだが、そのことを後年、改めて知ることになる。

長く橋の設計に携わり、エンジニアとして世界各国を飛び回ったスティーブンスさんは2000年代後半、アフガニスタンで米軍用の橋の建設を請け負った。24時間、厳重に警備が敷かれた現場には、「いろんな国から集まった労働者がいた」そうだが、「みんな、ベーブのことを知っていた」という。文化も言葉も違う人々の集まりのなかで、ルースの話題は潤滑油となった。

そのときの"伝える"という経験が、今につながっているが、「こうして取材を受けるのも、この家に生まれた宿命」と苦笑する。

「ロジャー・マリス(ヤンキース)がベーブの持つ年間最多本塁打記録(60本)に近づくと、祖母が毎日のように取材に応じていたことを覚えている。ハンク・アーロンが通算本塁打でベーブの記録に迫ったときにも、祖母がアーロンに会って、『頑張って』と伝えていた」

その役割を引き継ぐことは、ルースの娘――つまり母の遺言でもあるという。

「母が亡くなる直前、何か、言い遺すことはないか? と聞いたら、『父は、本当にいい人だったと、みんなに伝えて』と言われたんだ」

その光景がまざまざとよみがえったのか、スティーブンスさんの目には一瞬にして涙があふれたが、以来、祖母や母から聞いたエピソードを後世に伝えるのが自らの役割と自負するようになった。

「イタリアの試合の始球式に招待されたこともあった。レッドソックスのキャンプ地でベーブが500フィート(約152メートル)越えのホームランを放ってから100年の記念セレモニーに呼ばれたこともあった。そんな折にベーブのことを話し、例えば、子供たちが興味を持ってくれたら、うれしい」

もうルースを知らない世代もいる。直接見た、という人もどれだけいるのか。よって今回、大谷が活躍し、「ベーブ・ルース以来、〇〇年ぶり」などと報じられ、意見を求められることも、「ポジティブにとらえている」そうだ。

「大谷のおかげで、日本の子供たちがベーブにも興味を持ってくれるかもしれない。そして、大谷を通じて、野球にも興味を持ってくれるかもしれないから」

一家には、代々伝わるルースの言葉がある。死後、記録を超える選手が出てくるかもしれない。そんなことを想定してルースが遺(のこ)したものだという。

それをスティーブンスさんの口から聞いたとき、とても文字では表現しきれない、強い生を感じた。そこはぜひ、インタビューを見てほしいが、神に近づいたことで大谷は、ルースをよみがえらせた――。そう感じた瞬間だった。

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