WBC決勝で実現 大谷翔平とトラウト、球史に残る名勝負
スポーツライター 丹羽政善

キャンプが始まって間もないころ、大谷翔平がブルペンに入ることを聞きつけたマイク・トラウト(ともにエンゼルス)が、大谷本人に尋ねた。
「打席に立っていいか?」
もちろん、目慣らしのためだが、答えはまさかの「NO」。大谷のブルペン・セッションが終わってから球団広報と雑談していると、トラウトが「翔平が(打席に)立たせてくれなかった」と苦笑しながら横を通り過ぎていった。
その時点で大谷がWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での対戦を予測し、軌道を見られたくないと考えていたとは思えないが、現実になった。

WBC決勝。日本が3対2と米国をリードして迎えた九回2死、走者なしでトラウトが打席へ。マウンドには大谷。くしくも二人はその2日後、米スポーツ専門局「ESPN」によって、今年の選手ランキングで1位(大谷)と2位(トラウト)に選出されたが、こんなシーンを映画や小説で描いたら、見るのも読むのも、そこでやめてしまうのではないか。「そんなこと、あるはずがない」と。
しかし、事実は小説より奇なり。しかも、ホームランが出れば同点という場面で大リーグでも屈指のスーパースター二人が、相まみえた。チームメートであるがため、もちろん、これまで実戦での対戦はなし。ライブBPなど練習での対戦もなし。
打席に入るとき、トラウトは大谷に向かって少し顎を引いてから、なにやら独り言。唇の動きから、こう言っているのでは、と予測している人がいた。
〝Alright, man. Here we go. Let's do this〟(いよいよだな。さぁ、始めようぜ!)
今回のWBCでは、その対戦に限らず、見えない何かがいたるところで働いた。

プールBを4戦全勝で突破した日本。プールAは全5チームが2勝2敗の大混戦となり、2位でイタリアが通過すると、日本との対戦が決まった。このとき、イタリア代表だったが、開幕への調整を優先するため、出場を辞退した捕手のマックス・スタッシー(エンゼルス)から連絡があった。
「まさか、本当に対決が実現するとは。翔平とは対戦したくないけど(笑)、その場にいたかった」
イタリアが日本と対戦するには、1次リーグの最終戦で対戦したオランダに、「4点差以上をつけ、かつ5失点以内で勝利」という条件があった。
イタリアが7対1で勝ってその条件を満たしたわけだが、立ちはだかったのが大谷。エンゼルスに移籍以来、ずっと仲のいいデビッド・フレッチャーも「お寿司を食べに連れていって、とか話していたのに、顔を合わせたのがマウンドと打席とは」と苦笑した。
準決勝では、メキシコと対戦。相手マウンドには、公私ともに仲のいいパトリック・サンドバルが上がったが、これまた、実現の可能性は低いと考えられていた。
そもそも、メキシコが準決勝まで勝ち上がることを予想した人は少なかった。米国も同組だったプールCでは、初戦でコロンビアに敗れながら1位通過。準々決勝のプエルトリコ戦では、初回にエースのフリオ・ウリアスがいきなり4点を奪われたが、七回に3点を奪って逆転勝ち。

日本との対戦前日、サンドバルと話していると、彼も「この大会で翔平と対戦する確率なんて、どの程度あったんだろう」と不思議な巡り合わせを口にした。
「もちろん大会前、『対戦したら初球は真っすぐをインハイへ』なんて話していたけど、可能性が低いと思っていたから、そんな冗談も言えた」
見える力も働いた。というのも、日本とメキシコが当たるとしたら決勝しかありえなかった。
ただ、日本とイタリアの準々決勝直前になって、〝やぐら〟が変わった。当初、テレビ中継の関係なのか、米国が準決勝に出場した場合は20日に試合が行われる予定だった。日本も同じく20日。つまり、日本と米国が勝ち進んだ場合は、準決勝で対戦することが決まっていた。
気がつけばその注釈が日程表から消え、米国の準決勝は19日に前倒しとなってキューバと対戦。それは、日程を最終的に管理する大リーグ機構が日本と米国を決勝で対戦させたい。ひいては、大谷とトラウトの対戦を実現させたいのでは――との臆測を呼んだが、もちろん、そんなに都合よくことが運ぶとは思えなかった。
ところが、思惑通り日本と米国が勝ち上がり、決勝戦では八回表、米国の打順が8番で切れると、大谷が九回にマウンドに上った場合、3人目にトラウトと対戦することが決まった。
ブルペンから戦況を眺めていた大谷。「(ブルペンで)つくっている段階で、くるんじゃないかなと思っていた」そうで、「2死走者なしでくれば一番いいな」とシミュレーション。先頭を歩かせると「少しナーバスになった」と明かしたものの、併殺で塁上から走者が消えると、望んだシチュエーションとなった。

かくして実現したマッチアップは、今大会の奇縁を象徴したが、二人の息をのむ駆け引きは、期待を裏切らなかった。
〝Alright, man. Here we go. Let's do this〟(いよいよだな。さぁ、始めようぜ!)
トラウトのそんな掛け声で始まった歴史的な6球は以下の通り。

最後、スライダー系の球なのにトラウトのバットはボール下をくぐった。大谷のスウィーパーは浮くような錯覚を打者に与える特徴がある。それを証明するような1球だった。ちなみに、Codifyという米データ分析会社によると、トラウトが3球とも空振りで三振を喫したのは過去、6174打席で24回しかなかったとのこと。
「悔しいけど、楽しかった」と振り返った彼は、すでに次のWBCにも出場することを表明した。「どんな形でも参加したい」。
さて、その翌日になっても二人の対戦の余韻が感じられたが、投球間の張り詰めた空気に野球の醍醐味を感じた、という人が少なくなかった。
今季から導入されるピッチクロック(走者がいない場合、捕手の返球を受け取ってから投球動作に入るまで15秒以内、走者がいる場合は20秒以内)がWBCにも適用されていたら、6球すべてが違反投球。しかし、誰が長いと感じたか。せめて接戦の九回は、ピッチクロックを止めるべきでは? との声がいま、上がり始めている。

米大リーグ・エンゼルスで活躍する大谷翔平をテーマに、スポーツライターの丹羽政善さんが彼の挑戦やその意味を伝えるコラムです。