探求力が実を結んだバースの野球殿堂入り(田尾安志)

元阪神のランディ・バースが今年の野球殿堂入りを果たした。三冠王に2度も輝いた「史上最強の助っ人」が日本を去って35年たっての殿堂入りは、2年間チームメートとしてプレーした私にとってもうれしい。
現役時代、私は相手投手の癖を研究するのが好きだった。1987年に西武から阪神に移籍し、中日時代以来3年ぶりにセ・リーグでプレーすることになったが、どうしても癖が見抜けない投手がいた。
あるとき、バースに「この投手、癖がないよね」と聞くと「いや、こういうときはこの球種を投げる」とズバリ答えた。どんな球も天性の技術で打ち返す印象があったバースが、探求力も秀でていると知り、驚いた。
癖を教えてもらったものの、どれだけ見ても私には分からなかった。ただ、もし分かったとしても、その癖が出れば100%同じ球種が来るとは限らない。同僚に教えたはいいが「癖通りの球が来なかったじゃないか」と文句を言う選手もいるから、チーム内で癖の情報を共有することにはリスクがある。癖はあくまで自分で見抜き、球種の予測が外れるリスクも負って打席に立つべし――。それを分かっていたからか、バースは自分から癖の話をすることはなかった。

バースは対戦する投手によってバットの長さを変えていた。相手が右投手なら34.5インチ(約87.6センチ)、左投手なら33.5インチ(約85.1センチ)。私はバースと同じ左打ちだからよく分かるが、左打者が左投手と対戦する場合、直球だと思った球が外角に逃げていくケースが多い。その変化球に対処するにはより球を引き付ける必要があるから、遅めの始動でもスイングが間に合うよう短めのバットを使っていたというわけだ。ちなみに私は常に33.5インチを使っていた。

愛用のバットを見せてもらったとき、あまりの材質の良さに感動し、1本もらったことがあった。重さは990グラム。おおむね930〜940グラムを使っていた私には重かったので、先端をくりぬき960グラムくらいにして、ゲームで使った。どのくらい打ったかは覚えていないが、気分よく打席に立っていたことは間違いない。

バースは将棋好きでも知られる。川藤幸三さん仕込みの棋力はなかなかのもので、私も手合わせしたが、見事に敗れた。外国人にとっては「金将」や「銀将」といった漢字を見分けるだけでも一苦労だったはずだが、投手の細かな癖を見抜いた眼力の持ち主にとっては造作もないことだったのだろう。
外国人と日本人の間には言葉や習慣の壁が存在しがちな中、バースにそういうものを感じたことはない。将棋を指すなど日本の文化になじんだバースは助っ人というより、他の日本人と同じく純粋なチームメートという感じ。それだけバースがチームに溶け込み、チームも掛布雅之らを中心にバースを仲間として受け入れる雰囲気があった。そうして生まれた一体感が85年の日本一につながったのではないか。

その85年の日本シリーズで、私は西武の一員として阪神と戦った。第1戦はバースに3ランが出て3-0で阪神が先勝。第2戦もバースが2ランを放ち、2-1で連勝。6試合で3本塁打のバース一人にやられた印象がある。
昨年8月、東京ドームでの「サントリードリームマッチ」でバースと再会した。病気で手術をして間がなかったようで、少し弱った印象だった。私は54年1月生まれ、バースは同年3月生まれ。同学年の友人にはいつまでも元気でいてもらい、また思い出話に花を咲かせたいものだ。
(野球評論家)