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大切なのはストレスフリー 犬もスポーツも日本社会も

ドーム社長 安田秀一

帝京大ラグビー部は指導方法を一変させ強豪となった(2020年12月、全国大学選手権)=共同

米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店、ドームで社長を務める安田秀一氏は犬を育てるようになり、昔と比べて大幅に長生きになっていることを知りました。長寿の理由の一つはストレスを与えないことのようです。今回は犬の飼育の変化からスポーツ界の変化、日本社会の現状にまで思考を広げていきます。

◇   ◇   ◇

1年半ほど前から甲斐犬(かいけん)という日本犬を飼っています。

運動神経がよく頭脳明晰(めいせき)、いざとなれば命がけで飼い主を守る…と、そんな「犬柄」にほれこんでいます。それだけでなく、新型コロナウイルス禍の真っただ中にあって、無垢(むく)な犬からは本当にたくさんのことを学ばせてもらっています。

犬の寿命、30年で2倍に

皆さんは、犬の寿命がどのくらいかご存じですか? 大型犬や小型犬などで多少の違いはありますが平均で14歳から15歳です。調べてみると、平成の時代になったころは7歳ちょっとでした。驚いたことに、この30年ほどの間に犬の寿命は飛躍的に延びていました。

その理由としては、栄養状態が良くなったり医療が進歩したりしたことが挙げられますが、飼う環境や人間の接し方が変わったことも大きいということです。どういうことかというと「犬にストレスを与えないで育てる」ように変わっているのです。

安田氏が育てる愛犬、エースくん=ドーム提供

かつては、番犬として、暑くても寒くても雨が降っても屋外でつながれ、24時間年中無休で不審者に常に備える――。 今では大型犬でも室内で安心して家族とゆっくり過ごす。緊張を強いられたかつての生活とは、ストレスがまるで違います。

もちろん家の中にいると運動不足になりますから、毎日の散歩は欠かさないし、走り回れるドッグランに連れて行ったり、アジリティ競技というトレーニングに参加させたりもします。

僕の祖父は大型犬から小型犬まで多数の犬を飼っていました。祖父と犬の絶対的な主従関係は、幼心にも憧れるような見事なものでした。祖父のしつけ方は「屈服させる」というもので、人間との上下関係をはっきりさせ、少しでも祖父の意に反すると叱りつけるという方法でした。当時はそれが「しつけができている」と評価されていて、近所で飼いきれなくなった猛犬が祖父に預けられて「しつけを教える」という地域のドッグトレーナーみたいな役割も担っていました。

ところが、今のやり方はまったく違います。僕もドッグトレーナーの指導を受けたり、自分でいろいろ調べたりして実践していますが、とにかく「怒ってはいけない」ということなのです。いいことをしたら褒めてあげる。それによって自然と悪いこと(人間にとって都合の悪いこと)をしなくなるということなのです。正直、あまりにも正反対の向き合い方に、最初は全くの疑心暗鬼でした。

理屈としては、怒られることでその恐怖心がストレスとしてたまっていき、それが時に暴発して、まるで飼い主のいうことをきかなくなってしまう、咬傷(こうしょう)事故などいろいろな弊害を生み出している、という実態があります。精神的に壊れてしまうという「心の病気」を発症するのだそうです。

見逃せないのは、性格が穏やかになるだけではなく、明らかに健康になり、動作も俊敏になる、という事実です。つまり、ストレスを与えず、適切な栄養を与え、しっかりと運動させることで、飼い主との関係も良好になるばかりか、犬本来の能力がより発揮されるということです。その結果、寿命までが2倍にも延びているのです。魔法のような話だとは思いませんか!?

「体育会イノベーション」

そんな魔法のような世界を体感して、あらためて帝京大学ラグビー部の岩出雅之監督の指導の価値を実感しました。かつて大学の体育会といえば、4年生は神様、1年生は奴隷という世界が通例でした。強豪チームになればその傾向は強まっていました。岩出監督はそれを文字通り「ひっくり返し」ました。4年生がチームや寮の雑用をし、下級生の世話をするように変えました。

帝京大ラグビー部の岩出雅之監督(2018年撮影)

僕が岩出監督と初めて会ったのは、帝京大ラグビー部が大学選手権で6連覇を達成した2015年。「体育会イノベーション」と呼ばれた彼のやり方は、雑誌などで読んで知ってはいましたが、僕自身が旧体育会育ちの人間ですので、思いっきり懐疑的に見ていました。4年生が雑用をするのも、実態としての上下関係はそのままに、最上級生を奮い立たせるための儀式的な運用方法だと思っていました。しかし、訪問して岩出監督と会って話して、チームを見てみると、僕の思いは間違ったものでした。自分が恥ずかしくなるくらい全く違っていました。

体育会イノベーションの狙いの一つはチーム全体のストレスの管理でした。環境が変わったばかりの1年生はそれだけで過大なストレスにさらされます。それに対して4年生は伸び伸びできる。全体のストレスの平準化を考えるのが体育会イノベーションでした。4年間しかない選手生活で、最大のパフォーマンスを発揮するには極めて合理的な組織論です。目からウロコとはまさにこのことでした。岩出氏は人間関係だけではなく、栄養もトレーニングもチームで改善していました。同時に、食事中には選手たちが自発的に面白い芸を披露するなど「楽しむ」ことをモットーとし、睡眠や住環境も快適であることを重視しています。犬の寿命が延びた話と、体育会イノベーションが僕の中で見事なまでにつながりました。

帝京大ラグビー部は圧倒的な強さを誇り、大学選手権9連覇を果たしました。今では体育会イノベーションはラグビーだけでなく、野球やアメリカンフットボールなどの多くの学生チームに広がっています。前慶応義塾大学野球部、現ENEOS野球部の大久保秀昭監督や花咲徳栄高校野球部の岩井隆監督ら野球界の名将にも、岩出門下生は数多く存在しています。時期を同じくして青山学院大学陸上競技部を強豪に育てた原晋監督の指導方法も、体育会イノベーションに共通する考え方です。

米プロフットボールのNFLでは昨季、タンパベイがスーパーボウルを制しました。43 歳のQB、トム・ブレイディはタンパベイに移籍した最初のシーズンで自身7度目のスーパーボウル制覇を達成、史上最年長でのMVPにも輝きました。トップアスリートの世界でもストレス管理によって選手寿命が飛躍的に延びているわけです。僕の中で、もはや常識という言葉がなくなるような現実を目の当たりにしました。43歳のQBがスーパーボウルにフル出場することなどとても考えられることではありません。

スーパーボウルで勝利し喜ぶトム・ブレイディ㊨(2021年2月)=USA TODAY

ブレイディの健康管理、ストレス管理は徹底しています。その一つが睡眠ですが、彼は毎日必ず決まった時間に9時間の睡眠をとることで知られ、血液循環をよくして快適に寝るためのスリープウエアをアンダーアーマーが開発しています。それほどストレス管理を重要視しています。

人間も持っている能力をフルに発揮するためには、理不尽なストレスはまるで経験しないほうがいいということでしょう。そうすることで自分の能力を最大限伸ばすことができ、やるべきことに集中もできるということです。大学の体育会やトップアスリートの世界に限ったことではなく、仕事でも家庭でもすべて同じではないでしょうか。もっといえば、犬の寿命のように、人間の寿命、健康寿命もまだまだ延びていくことは明確なように思います。

日本に残る過去の風習

それでも日本では、ストレスフリーで、自分の幸せや自由な目標を追求するのを否定する雰囲気がまだまだ根強いと感じてしまいます。「若い時の苦労は買ってでもしろ!」「三尺下がって師の影を踏まず」など、かつては機能した秩序が今では手枷(かせ)足枷になっているようにすら感じます。食料を奪い合わなければ生きていけないならともかく、今はそんな時代ではありません。過去の風習が、個人の可能性を狭めたり、性格をゆがめたり、ややもすれば寿命を縮めたりする。犬ですらストレスフリーで効果が出ているわけですから、子供たちの教育、学校やスポーツの指導方法も昔のままでいいはずがないのです。

世間では今、コロナ下での東京五輪・パラリンピックの開催の可否が大きなテーマになっています。ここでも日本の忖度(そんたく)文化の中で、言いたいことを言えずにストレスを感じている人たちがたくさんいるようです。

さまざまな意見があるのが当たり前なのに、政府関係者や自民党の議員の人たちは右向け右という感じで、開催を支持するコメントばかり。若手議員は、上級生の言うことに従うしかない。昔の大学の体育会を見ているようです。

ただ、政治家は学生ではありません。国民から負託され、税金から給料をもらう職業です。無意味なしきたりが優先されるなど、決してあってはならない仕事です。

「国民のために、政治生命をかける!」

ストレスをためず、正しいことを真っすぐに国民にぶつける。それこそが若い政治家が幸せになる方法だと思うので、なんとか自分の殻をやぶってみてください!

犬の寿命が延びたように、スポーツ界にイノベーションが広がりつつあるように、時代の流れは大きく変わってきています。外を見れば、もっともっと早いスピード感で世界は変わっています。それに呼応して、日本の社会全体も必ず変わっていきます。

個人がなんの障害もなく、自分の能力を最大に発揮できる社会。

若者が胸を張って、自分の幸せを求められる社会。

「若い時の苦労は買ってでもしろ!」

は、もはや神話の世界です。しかも、他人に押し付けられる話ではありません。

自信を持って正直に生きよう!

遠慮なくストレスから解放されよう!

個人個人が変わることで、社会の変化はさらに加速していくはずです。

僕も胸を張って、自分の幸せを求めていきます!

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在はドーム代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。
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