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ルールを作らないというルール リアル二刀流、決断前夜

スポーツライター 丹羽政善

think!多様な観点からニュースを考える

匂わせてはいた。

「ショーヘイには、自由にやらせてみたいんだよなあ」

新型コロナウイルスの感染拡大により短縮シーズンとなった昨季半ば、ジョー・マドン監督が大谷翔平(エンゼルス)の将来的な起用について、漠然とそんな話をしたことがある。

ただ、エンゼルスの監督に就任してまだ1年目。昨年はそれまでの〝大谷ルール〟――先発の前後は休ませ、投げる日は投手に専念させる――を踏襲した。

クリエーティブな監督の発想

「まずは、観察が必要だと思ったから」

もともと既存システムをそのまま受け入れるタイプの監督ではない。レイズの監督時代から、相手投手によって頻繁に打順を組み替え、大胆な守備のシフトを先駆けて採り入れた。「なんでも最初に試すのが好き」という監督の発想というのは、常にクリエーティブ。なによりも固定概念に縛られることを嫌う。

昨年は2カ月弱と短いシーズンだったが、観察の結果はどうだったのか? 10月2日、大谷の1年を振り返る記者会見を行った際、マドン監督は、「彼の道を邪魔すべきではないと考えた」と端的に結論づけ、〝大谷ルール〟撤廃に至るロジックをこう補足した。

「制限を設けるのではなく、自由にやらせようと。やってみて必要なら修正をすればいいわけだから。彼には(自由にやらせる)機会が必要だと思った」

マドン監督はそれを「ルールを作らないというルール」とも表現。彼らしい発想だった。

それを象徴する1日は、不意に訪れている。3月21日のオープン戦。予告なく「1番・ピッチャー、大谷」が当日朝になって発表され、メジャーに来てから初めて、登板日にも打席に立つことになった。

経緯について「実験的な部分はある」とマドン監督。大谷本人は、「シーズンでもしかしたらやる可能性もあるので、どちらかというと、ぶっつけ本番でやるよりは、ある程度流れも分かってるほうがいい」と説明し、続けた。

「チームとしても打線に1番として入ったときに、どうなのかなっていうところを把握しておきたいと思うので、開幕前にやっぱりやったほうが良いよねっていう、感じ」

この時点ではまだ、仮定の話としか聞こえない。ともにリアル二刀流の実現を示唆したが、「実験的」、「もしかしたら」という言葉からは、まさか、4月4日の今季初登板にそのターゲットが定められていることを想像し難かった。

そう、実際はリアル二刀流の決行がすでに決まっていて、逆算してオープン戦での出場予定が組まれたのである。

先ほど触れた総括会見でマドン監督に、「この1年、大谷といろんな話し合いをしたと思うが、一番印象的だったのは?」と聞くと、「キャンプでの最初の会話だ」と即答。そしてその日に、大谷ルールの撤廃を打診したことを明かしている。

ミナシアンGMの覚悟

「まず、私とペリー(・ミナシアンGM)で、起用の枠組みを考えたんだが、それをショーヘイに伝えた」

ミナシアンが昨年11月にゼネラルマネジャー(GM)に就任してから、マドン監督は、大谷のポテンシャルを最大限に発揮させるにはどんな起用がいいのか、意見を交わし始めた。もちろん、〝大谷ルール〟を撤廃し、起用は大谷に体調をたずねながら柔軟に、という着想はマドン監督によるものだが、改めて振り返れば、よくミナシアンGMがそれを了承した。

通常、GMはこういうケースで消極的になる。彼らの立場としては投資に対するリスクを極力減らしたい。前例のない二刀流フル回転により疲労が蓄積し、それが故障につながったらどうするのか? 仮にそうなったとき、その責を負うのはGMなのである。しかも彼は新人。念願のポジションに就任して、いきなり前例のない決断を迫られたのだ。ミナシアンGMは「私も制限を設けるべきではないと考えていた」とマドン監督と同意見だったことを強調したが、本心はどうだったのか。

もっとも、決断の過程で覚悟を問われ、自覚を求められたのは大谷も同様。この起用の背景には大谷が疲労を感じ、休みが必要なときは正直に伝えるという大前提がある。マドン監督も、「休みが必要なときは事前に教えてくれ」と条件をつけた。しかし、「休みをくれ」と選手が申し出るのはよほどレアなケース。大谷は、自分でストップをかけられるか? と聞かれ、「しなければいけない」と話したが、結局、「一度も疲れなどを訴えることはなかった」とマドン監督は記憶する。

ただ、 春先に右中指にマメができたとき、また、ダッグアウトにいてファウルボールが右親指に当たったときは、無理をせず登板を回避。また、シーズン終盤にも、肩、肘の疲労回復が遅いため、先発を後ろにずらすことを大谷自身が判断。その間、打者としては出場を続けたが、申告制度そのものは機能していたといえる。

いずれにしても、マドン監督の創造性。ミナシアンGMの覚悟。大谷の自覚。そのどれが欠けても、リアル二刀流は成立しなかった。

ところで、キャンプ最初の会話がなぜ印象的だったのか? 監督はその理由をこう述懐している。

大谷が解き放たれた瞬間

「『自由にやってくれ』と言ったら、彼は頬を緩めたんだ」

その笑みで大谷自身もそれを望んでいたことを確信。大谷が解き放たれた瞬間でもあった。

以来、「一度も意見が食い違ったことはなかった」そうだが、「いや、一度だけあった」とマドン監督。「(9月19日のアスレチックス戦で)マット・オルソンを敬遠してくれと伝えたら、納得していなかった」

実はあのときも、大谷はマドン監督に対して、マウンド上から笑みを向けている。同じ笑みでも全く異なる意思表示ではあるが、言葉をかわさなくとも通じ合う2人の強い絆が、垣間見えた。

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