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大谷の「消える魔球」 ジャイロ回転するスプリット

スポーツライター 丹羽政善

今季の大谷のスプリットは空振り率が高く、対戦打者を圧倒する=USA TODAY

子供の頃に遊んだ野球盤。今も進化を続け、販売しているエポック社のホームページによれば、9分割されたストライクゾーンに投げ分けができる「3Dコントロールピッチング機能」や、その球を打つための「3Dスラッガー機能」が搭載され、もはやボードゲームの域を超えている。トラッキンググリッドセンサーなるものが搭載され、掲示板に球速まで表示されるというから驚きである。

ただ、そんな中でも変わらないものもある。1972年に登場したという「消える魔球」機能は、今も残されているのだ。ホームベース手前の蓋の一方が下がり、そこへボールが沈み込む。下に当たったときの「カチッ」という音につられて、ボールが来ていないのにうっかりバットを振ってしまうこともある、アレ、である。これだけ様々なアップデートが施されているのに比較的アナログな機能が消えないというのは、やはり「消える魔球」という言葉が、それだけ魅惑的だからだろうか。

それは一種のファンタジーでもあったはずだが、今、大谷翔平(エンゼルス)が投げているスプリットは、まさにそんな球。現実に消える魔球を投げているのである。

今季2度目の登板となった20日のレンジャーズ戦。試合を見ながらデータを確認していると、彼のスプリットの回転数がコンスタントに2200回転(毎分)前後を記録していた。2018年の平均値が1308回転なので、約900回転ものアップである。

通常、落ちる球というのは回転数を減らしたほうが、重力に負けるので、沈みやすくなる。スプリットの回転は、基本的にはバックスピンなので、回転数が多ければ多いほど、重力に逆らうマグヌス効果が働き、落下の妨げとなる。もちろん、回転軸の方向なども関係するので、その限りではないが、それが基本的な原理だ。

ところが、大谷のスプリットは2200回転もあるのに鋭く落ちる。ひょっとして、全部ではないにしても、いくつかは偶発的にトップスピンでもかかっているのではないか。

そう思って試合後、大谷に聞くと、「スプリットは、僕は技術じゃないと思っている」と肯定も否定もせず、こう説明した。「なんていうんですかね。回転数がどうのこうのとか、軸がどうのこうのとか、あんまり考えないほうが、いい球種かなと僕的には思ってます」

あれこれ細工をせず、挟んで投げる。シンプル。実際のところ、トップスピンのスプリットを意識して投げることは容易ではないようだ。

20日のレンジャーズ戦で今季2試合目のマウンドに立った大谷。スプリットの回転数は2200回転前後を記録した=AP

では、大谷はどんな回転のスプリットを投げているのか?

試合後、SNS(交流サイト)上でのダルビッシュ有(パドレス)とのやり取りで知られ、投手の映像分析などで大リーグの投手からも一目置かれている一般人の「ピッチングニンジャ」に、あれはトップスピンだと思うか?と連絡をとってみると、「(回転軸が進行方向に向いた)ジャイロ回転ではないか」と返信があった。

なるほど、スローモーションを確認すると、そう見える。しかし、断言まではできないので、翌日になって公開された軌道データを確認し、回転効率などを計算してみると、果たしてジャイロ回転だったわけだが、にわかには信じがたい数値が出ていた。

なんと回転効率はわずか0.03%。0%の場合、完全なジャイロ回転を意味するが、まさにそれだった。今年の平均で計算しても0.04%で、進行方向に対する回転軸の角度(0度の場合、完全なジャイロ回転)もそれぞれ2度であり、そのことを裏付けていた。

これは18年の65%(進行方向に対する回転軸の角度=40度)と比べても、劇的な変化である。ジャイロ回転の場合、先程触れたマグヌス効果が働かないので、当然、通常のスプリットよりも落ちる。事実、大谷の今季のスプリットは18年の平均値と比べ約ボール2個分、14㌢ほど落下幅が大きくなっていたが、それでようやく腑(ふ)に落ちた。

ただ、驚きはそれで終わらなかった。いったい、大リーグで投げられているスプリットのうち、ジャイロスプリットの比率はどの程度なのか。

20年シーズンと今季の4月20日までを調べてみると、スプリットは全体で5235球だった。すべての軌道データを調べることはあきらめ、スプリットを100球以上投げている20投手の回転数、回転効率、進行方向に対する回転軸の角度(それぞれの平均)を調べてみた。これで全体の約72%をカバーできる。

それをまとめたものが上の表だが、するとまず、この中に平均で2000回転以上のスプリットを投げる投手はいないことが分かる。この時点で、大谷が4月20日の試合でマークした2189回転が、いかに特殊かが分かる。

そのことは想定内だったが、回転効率をたどると、ジャイロスプリットを投げる投手など、一人もいなかったのである。似たような軌道の球を投げる投手すらいない。一番回転効率が低いのはダルビッシュの34%だが、大谷とは回転数なども大きく異なる。

ダルビッシュは回転効率が低いスプリットを投げるが、回転数などは大谷と大きく異なる=USA TODAY

18年春に発売された「ザ・パフォーマンス・コーテックス」(ザック・ションブラン著)という脳科学の研究を野球のパフォーマンスに生かす様を描いた本によれば、打者というのは、経験値からボールの到達地点を無意識に予測するそうだ。

よって、対戦成績が増え、その投手の球を何度も見る。あるいはその打席でより多くのボールを見れば、各球種の軌道が残像としてインプットされ、それが打者に有利に働く。逆に初対戦のときは、投手有利となる。またさらに、その投手が投げる球の軌道が、平均値に近ければ近いほど、バッターの目に慣れているので、捉えられやすくなる。

ところが、先ほどのデータによれば、大谷の投げる今年のスプリットの軌道は、唯一無二。もちろん、今回は調べきれなかった約28%に紛れている可能性はあるものの、打者にしてみれば、脳に記憶されているスプリットの軌道が、まるで役に立たない。

大谷は、「どちらかというと、回転がかかっていたほうが、バッターとしては判別しにくいですし、有利になる点は多いかなと思う」と淡々と解説したが、そういう範疇(はんちゅう)を超えている。18年の軌道とも異なるため、打者にしてみれば、3年前の対戦経験も意味をなさない。

目下のところ、スプリットの被打率は、baseballsavant.comによると、15打数1安打で6分7厘となっているが、打たれた1安打の映像を確認すると、球速が135.2㌔(大谷のスプリットの平均球速は約143㌔)と遅く、軌道から考えてもスライダーではないか。一方、スプリットの空振り率は57.1%。2ストライクからスプリットで空振り三振を取る確率は57.9%と打者を圧倒している。

おそらくこのスプリットは、分かっていても打てない異次元のボール。まさに野球盤の「消える魔球」といえそうだ。

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