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大谷の「ジャイロ」進化 握りと縫い目が織りなす魔球

スポーツライター 丹羽政善

「今日、スプリットの握りを変えてみる」

前半は故障などもあって戦列を離れたが、昨年はエンゼルスの正捕手として86試合でマスクをかぶったマックス・スタッシ(エンゼルス)は9月19日の試合前、大谷翔平(エンゼルス)から、そう打ち明けられた。

「それがそのとき、球質にどんな変化をもたらすのか、分からなかったけど」

初回に投げた9球の内、5球がスプリット。ダッグアウトに戻ると、今度は大谷からこう伝えられている。「感じが良いから、どんどんスプリットのサインを出して」。最終的にスプリットの球数は56球に達した。

その試合で大谷のジャイロスプリットがフォーシームからツーシームに変わったことは前回触れたが、では、受けた感触として、どんな違いを感じたのか?

スタッシは「球速も増していたから、より真っすぐとの見分けがつかないんじゃないかと思った」と振り返り、「アスレチックスの打者の反応からも、そう感じた」と続けた。

平均球速は9月10日までと同19日以降に分けて調べると、前者は87.7マイル(279球)。後者は89.6マイル(92球)。本来であれば、終速の差を知りたいところだが、19日以降は約2マイル(3.1キロ)もアップしていた。真っすぐとの球速差も前者が7.9マイルだったのに対し、後者が6.4マイル。差が縮まったこともまた、打者が錯覚する一因となったか。

軌道についてスタッシは、「これまでよりも投手から見て右。右投手のチェンジアップのような軌道に変わっていた」と証言。データを確認すると、確かに9月10日までに比べて、19日以降は、横の変化量が大谷から見て右に約12センチも増えていた。同時に落下幅も調べると、後者は前者に比べ、約2.12センチも"落ちていなかった"。

これはどういうことか。大谷は握りを変えることで、あえて落下幅を小さくしたというのか。その狙いがなにより気になるが、軌道の違いにも目を向けると、ボールが変化する原理、そこで縫い目が果たす役割までもが浮かび上がってくる。

少々話は遡るが、21年3月、東京工業大学 学術国際情報センターの青木尊之教授を研究代表者とする東工大・九州大・慶応大の共同研究チームは「スパコンTSUBAME3.0」にて、ボールを縫い目の回転まで詳細に計算する数値流体シミュレーションを実施。結果、ツーシームスプリット/フォークは、縫い目のある範囲の角度において「負のマグヌス効果」が発生し、それが落下の要因となることを解明した。

ツーシームスプリット/フォークにはバックスピンがかかっているので、通常は、重力に逆らう揚力(マグヌス効果)が働く。ということは、ホームベース上では自然落下の放物線軌道よりも上に到達しても不思議ではないが、実際は、その自然落下の放物線軌道に近い。理由としては、ツーシームスプリットの回転数がフォーシームなどに比べて低く、マグヌス効果が弱いから、とされてきたが、実際には縫い目のある範囲の角度において、ボールの落下をうながす負のマグヌス効果が発生していたという(下図参照)。

そのことは図に示されているように、ボールの後ろにできる"後流"に注目するとわかりやすく、「正」と「負」では向きが異なる。これはスプリットに限った話ではなく、この後流の動きを把握することで、ボールが変化するメカニズムが理解できる。そして、その後流に力を及ぼすのが境界層の剥離位置であり、その剥離位置はボールの縫い目に影響される。

境界層と剥離位置について(縫い目のない球体で正のマグヌス効果が働く原理)
境界層とは、粘性のある空気が回転する球体に当たると物体表面にできる速度が急激に変化する薄い層のことで、表面に付着しながら流れる。バックスピンの場合、球体上部の流れは、回転方向と同じであるため、球から見ると流れが遅くなっており、境界層の剥離位置は下流側に後退する。一方、下部では、空気の流れと球体の回転が逆になるため、早い段階で境界層の剥離が始まり、後流が右下向きとなる。

よってこれまで、ボールの回転数が球筋を決めるなどといわれてきたが、青木教授は「ボールの動きの30%以上は縫い目が影響する」と指摘。さらに、「後は、回転軸。もちろん、回転軸が変わると縫い目も変わるので、両方合わせてという考え方ですけど、それで30~40%じゃないですか。投手が、自分が投げてみたい軌道のボールがあるとしたら、縫い目、それに伴う回転軸の理解が、大切になる」と補足した。

大リーグでも今、縫い目と変化量の関連を解き明かす試みに力が注がれており、その分野では第一人者といわれるユタ州立大のバートン・スミス教授が昨年夏、エンゼルスのアドバイザーに就任したことは、その流れを象徴する。

話がやや脱線したが、青木教授らのグループは、スプリットが落下する要因を特定した際、ジャイロスプリットについてもシミュレーションを実施。結果、通常のバックスピンがかかったツーシームスプリット/フォークよりも、落差が大きいことを突き止めた。

「フォーシームジャイロ、ツーシームジャイロとも、回転軸がボールの飛翔(ひしょう)方向と一致しているため、1回転の時間平均をとるとかなり高速で回転していたとしても揚力も横力もほぼゼロです。低速回転のツーシーム(通常のスプリッター)でも揚力は働くので、回転のジャイロ成分が100%なら、バッターからすれば最も落ちると感じるはずです」

ただ、「ジャイロ回転していることで、縫い目が境界層の剥離にどう作用し、それが元で後流へどう影響を及ぼしているのか不明な部分が多い」とのこと。

「そもそもジャイロ自体がよく分かっていない。流体力学とか、エアロダイナミクスとかの観点から見ても、ジャイロは不思議。ボール変化に大きな影響を与える後流の振る舞いが、ちょっと普通のボールとは違う」

しかしながら、大谷が投げるジャイロスプリットのフォーシームとツーシームの違いについては、「信頼できるシミュレーション結果が出ている」そうだ。

まずは2つの特徴だが、フォーシームは縫い目が絶えずバッター方向を向いて回転し、ツーシームは滑らかな面が、打者を向いて回転している(下図参照)。

結果、どうなるのか? 青木教授は、「フォーシームは、縫い目という凸凹がボールの前面付近にいつもあるので、流れに対して抗力(抵抗)が増える。一方、ツーシームは流線形と同じく、流れがスムーズにボールを回り込むので、抵抗が減る」と説明し、続けた。

「フォーシームの方がより減速し、バッターのところまでの到達時間が長くなるため、落差が大きくなります」

つまり、ツーシームであれば、速く感じ、落下幅が小さくなる。これはスタッシが冒頭で口にした感想と、変化量のデータを裏付ける。

もっとも、減速によって変わるのは終速なので、初速の比較では厳密に2つの特徴を言い表すことはできない。冒頭で、終速差に触れたのはそういうことだが、その差を導く抗力係数の値は、青木教授によると、球速によって多少変わるものの、初速139キロで計算した場合は、以下の通り。

・フォーシームジャイロ = 0.353

・ツーシームジャイロ = 0.263

この値を基に終速と落下幅を計算すると、ツーシームジャイロのほうが初速と終速の差が少なく、落下幅に関しては2.5センチの差が出るという。

フォーシームジャイロ: 初速 139 キロ, 終速 126.2 キロ, 落下距離 98.8センチ

ツーシームジャイロ: 初速 139 キロ, 終速 129.3 キロ, 落下距離 96.3センチ

この違いは決して小さくない。青木教授も「野球では、このわずかな違いでも重要になることが多い。2.5センチでも落下幅がイメージと異なれば、バットの芯から外れる」と指摘した。

では、大谷はどんな狙いで握りを変え、軌道を変えたのか。そこはキャンプが始まってから改めて確認するしかないが、スタッシはシーズン中に大谷と交わした数々の会話から、こう推測した。

「いくら落ちるといっても、対戦を重ねることで、徐々に大谷のフォーシームジャイロスプリットの軌道が、相手の目にも慣れてきた。大谷は常にアップグレードを考えているから、そこでアレンジを加えたかったのかもしれない」

決して、落差が大きければいいというわけではない。変化球の曲がり幅が大きければいいというわけではない。大谷は昨年、後半に入ってから、左打者に投じるスライダーの曲がり幅を少し小さくした。

相手の目にどう映るのか。そこには大谷の打者としての視点も加わる。昨年6月半ば、これまで相性が決して良くなかった左投手(2018~20の3シーズンは.240)から4本連続で本塁打を放ったときには、「もともと、そんなに(左投手は)苦手だとは思っていない」と質問の前提を否定しつつ、こう話を継いだ。

「独特の球っていうか、身長が高いピッチャーも多いですし、そういうところで慣れが必要だった。数こなしていくうちに、右もそうですけど、やっぱり慣れの部分が大きい」

19日の対戦相手が、今季だけでも2度対戦していたアスレチックスだったことは、偶然ではないのかもしれない。

いずれにしても、受けていたスタッシが感じた違いは、青木教授らによって導き出された球筋に近く、縫い目にまで注目したことで、大谷がスプリットの握りを変えたことでもたらされた軌道の変化、違いについての原理が理解できたのではないか。

ただ、なぜ、ジャイロスプリットはあそこまで落ちるのか――という点は、謎のままだ。

故に魔球と称されるのだが、通常よりも回転数の高い大谷のスプリットが鋭く落ちるのも、ジャイロ回転の働きによるものであることは疑いなく、青木教授らのグループは今、「ジャイロスプリットの後流は、縫い目の回転と一致しない不思議な旋回をしている。今後、さらにスパコンで高解像度計算を実施し、ジャイロボールの空力解析を進めたい」と、メカニズムの解明に取り組んでいる。

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