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性差「らしさ」を疑う 女性蔑視発言、人ごとでなく

2012年のUTMBを10位で完走した筆者㊨を出迎えたのが大会のオーガナイザー、カトリーヌ・ポレッティさんだった

東京五輪・パラリンピック組織委員会の前会長が女性蔑視発言で辞任した。リーダーの発言として不適切だと思うものの、最近、ひとごとと思えない一件が私の周辺にもあった。

私が実行委員長を務めるトレイルランニングの大会で、事務局の内部から「男女の入賞者数を同数に変更すべきだ」という意見が出た。これまでの大会参加者数は男性の方が圧倒的で男性入賞者数を多く設定しており、正直、まったく気に留めていなかった。若いスタッフから「その意識ではまずいのでは」とさらりと指摘され、あらためて私自身も無意識のうちに古い考えにとらわれていたのを反省した。

日本の男女差別は封建制に由来するという。ただ、封建制は根っこのところで戦いの場を想定した社会システムだ。幼い頃、気が弱かった私は周囲の「あなたは男の子なんだから」という言葉に随分と苦しめられた。小学校では「男の子なんだからもっと元気に」とか「女の子なんだからきちんと整理して」と、当時の先生にとっては含むところのない何気ない言葉により、少しずつ「らしさ」というものを刷り込まれて育ってきたように思う。

1968年生まれの世代でもこうなのだから、さらに上の世代となると推して知るべしだ。そうした世代間の意識の差はあるにせよ、巨大組織をリーダーとして引っ張る立場にある者が、ジェンダーの問題を意識せずに発言することは見過ごせない。

海外では総じて日本に比べ性差は少ないようだ。組織を統括する立場には日本では男性が多いけれど海外では女性も普通に見かける。海外で会議に出席すると、このトレイルランニングの世界では女性の代表が実に多いのに気づかされる。

女性のトップに当初は違和感を抱き、素直に彼女たちにそう伝えると「女性の方が多数の意見をまとめるのに向いているのよ」と何のてらいもなく答えが返ってくる。その態度の自然なことといったら。

日本でも若い世代はジェンダーフリー教育の成果が出ているようだ。残念ながら日本の社会では、いまだに男女の役割を強く認識する現実にさらされる。社会のイニシアチブを握る私たちとその上の世代は意識が疎い人もたくさんいて、若者の考えが通らない状況になることもあるだろう。

ただ、これまでの日本の社会は男性にとっても、ある種の息苦しさがあった。「男だからここで音を上げるわけにはいかない」「女性に負けて恥ずかしくないのか」などと折に触れて言われることだ。自分の場合、そうした社会の無言の圧力を成長のエネルギーにした半面、無意識のうちに己の力よりも背伸びして無理をして生きてきたという感覚が残ることも否定しない。

社会全体でジェンダーフリーを声高に主張することも大切だけれど、日常生活で「ちょっと待てよ」とその都度、自分、他人の考えが偏っていないか立ち止まったり、誤りをやんわりと指摘したり諭せたりする雰囲気を醸し出しておきたい。意識の遅ればかりを取り上げられがちだけれど、この数十年の流れを振り返れば、理想とする社会が日本でも決して夢物語ではないと思うのは私だけではないだろう。

(プロトレイルランナー)

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