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五輪サッカーの悔しさ、W杯予選の推進力に変えて

東京五輪の3位決定戦でメキシコに敗れて落胆する日本イレブン=ロイター

オリンピックのようなスポーツイベントが終わると、決まってレガシー(遺産)の話になる。自分の限界を超えようとするトップアスリートの覚悟や不屈の精神には、それを見る子供たちの心に染み入る刺激があると思う。57年ぶりに東京で開かれたオリンピックも、現在進行中のパラリンピックも、そうやって未来に向けてまかれる種子がある。それもまた目に見えないレガシーといっていいのではないだろうか。

今回のオリンピックも、いろいろな競技のアスリートがメダルに関係なく私の涙腺を緩ませた。例えば男子マラソンの大迫傑選手。前を行く先頭集団を猛然と追い上げたときの終盤の気迫と、惜しくも6位に終わった後の万感の思いを抑えながらのテレビインタビュー。どれだけ多くのものを引き受けて、このレースに挑んだかが、ひしひしと伝わってくるようだった。

73位(完走した選手の中では後ろから4番目)の服部勇馬選手は普通のレースだったらやめていたかもしれない。実際、30人のランナーが途中棄権する過酷なレースだった。ふらふらの服部選手ははた目にも危険な状態に見えたが、それでもゴールを目指したのは、やはりこれがオリンピックだったからだろう。

ソフトボールの上野由岐子投手もすごかった。2008年北京五輪で金メダルを獲得した後、ソフトボールは五輪のプログラムから外れた。それから13年間もモチベーションをつなぎとめ、39歳で再び金メダルを手にするとは……。

そんな上野投手に全幅の信頼を置いた宇津木麗華監督の采配も素晴らしかった。米国との決勝は、先発した上野投手が再びマウンドに上がって試合を締めくくった。「上野で負けたら仕方ない」という監督の思いに、応える選手。監督とエースがこれくらいの信頼で結ばれていないと、チーム競技で頂点に立つのは難しいのだろう。

サッカー男子は1次リーグを3戦全勝で突破し、メダルの期待が大きく膨らんだが、準決勝、3位決定戦と連敗し4位で終えた。中2日で6連戦を強いるオリンピックのような大会は「うまい」ではなく「強い」チームを決める戦いに最後はなる。金メダルのブラジル、銀メダルのスペイン、そして3位決定戦で日本を下したメキシコも個性の違いはあれ、それぞれが「強い」チームだった。

3位決定戦で日本を下したメキシコは「強い」チームだった=共同

1968年メキシコ五輪の銅以来のメダルを狙った日本は最後の最後で隙を見せてしまった。一例が決勝トーナメントに入ってからの日本の3失点がスローイン(準決勝スペイン戦)、FK、CK(メキシコ戦)と、すべてプレーが途切れた状態から始まったこと。吉田麻也、酒井宏樹、遠藤航というA代表の柱をオーバーエージ(OA)で加えた今回の五輪代表は史上最強の呼び声が高く、実際、攻守に高いレベルでプレーできていたが、数少ない不安材料がセットプレーだった。

ショートコーナーを多用するなどCKで日本も工夫を施したが、かつての中村俊輔、遠藤保仁のようなスペシャルなキッカーの不在と相まって、入る感じはあまりしなかった。一方、3位決定戦のメキシコは日本の弱点を突くためにデザインしたパターンをセットプレーに織り込んできた。空気の薄い頂上付近の戦いでは、きれいに崩してゴールを奪うことは難しくなり、相対的にセットプレーの重要性は増す。そのことをメキシコはよく心得ていた。

先制点をもぎ取ったPKにしても、ベガのドリブルは「あわよくば」と遠藤のファウルを誘うようなボールの持ち方だった。ペナルティーエリア内では「引っかけられた者勝ち」というビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)の時代に、したたかに対応したかのような。日本からすると「もったいない」失点ばかり。

日本―メキシコ戦の前半、日本はメキシコのベガ(左から2人目)を倒し、PKを与えて失点=共同

メキシコ戦で日本は相手の8本を上回る19本のシュートを放った。62分から投入された三笘薫がボールを持って走り出すと、メキシコは防ぎようがなかった。メキシコも疲れていた。それだけに先制点の重さとセットプレーの怖さが身に染みる。先制されると、追いかける側は心理的な負担が増し、それがミスを呼んで疲れが増す悪循環に陥る。日本の守備の安定感は、流れの中では崩されていないことに表れていただけに、勝敗を分けたのは、本当にわずかな差だったと思う。

優勝したブラジルは層の厚さに感心した。おそらくU-24(24歳以下)というカテゴリーの中の最精鋭ではなく、2番手3番手の選手で編成したのだろうが、それでもこれだけのチームをつくれるのがすごい。遜色なく代表を構成できる選手の数が常に3~4チーム分はないとブラジルのようにはなれないのだろう。

決勝のスペイン戦でPKを外して先制の好機を逃したが、それが尾を引かないメンタリティーもさすがだった。むしろ周りの選手は「これで俺にスポットライトが当たるチャンスが回ってきた」くらいに受けとめる。チーム競技だけれど、そういう一人ひとりのたくましさを感じた。

決勝の延長後半、ゴールを決めるブラジルのマウコン=共同

延長から投入されたマウコンの108分の決勝点も一見アバウトな攻めのようで、実はそうではない。最終ラインを高く敷くスペインの背後を突くメリット、既に100分を超す戦いでDF陣の脚色がいっぱいになっていること等を考慮すると、自陣からのロングカウンターで元気なFWを走らせることが、あの状況では相手が嫌がる一番の選択肢だった。

スペインのDFは対応に余裕があったのでボールをバウンドさせたら、ものの見事にマウコンにかっさらわれた。マウコンは「後ろへのステップワークが弱くなっている」と相手を観察していたのだろう。そういう嗅覚やアバウトさを意外性につなげる感覚をどう身につけさせるか。空中にあるボールの処理の見事さを含め、ブラジルの奥深さにはまだまだ学ぶことが多い。

ブラジルの執着心がスペインの華麗なフットボールを打ち破った決勝で、渋く輝いたのが主将のダニ・アウベスだった。FCバルセロナなと欧州のビッグクラブですべてのタイトルを手にした38歳が、金メダルを目指して若い選手を引っ張った。あれを見て私は「麻也よ、3年後も頼むぞ」と言いたくなった。「もう五輪でやり残したことはない、なんて言わないでくれ」と。

日本が過去の五輪で3勝したのは銅メダルを手にしたメキシコ大会と4位になった12年ロンドン大会だけ。PK勝ちのニュージーランド戦を引き分け扱いすれば、今回も3勝の壁を乗り越えられなかった。だが、チームと選手の成長を考えれば、東京で金メダルを真剣に目指した努力は「次」に生かされるだろう。6試合を戦ったからこそ見えてきたこともあるはず。東京の悔しさを意味あるものにするためにも「次」のワールドカップ(W杯)アジア最終予選を存分に戦って本大会に出場してほしい。

オリンピックではいろいろなことが起きた。開会直前に選手登録が18人から22人に広がった。銅メダルマッチのキックオフ時間が試合前日になって急に6日午後8時から午後6時に繰り上げられたのも、準備に微妙に影響したように思う。

しかし9月2日から始まるW杯アジア最終予選は、オリンピックよりさらに不測の事態が起こる予感がある。中国は9月7日の日本とのホームゲームを自国ではなくカタールで開催することにした。アジア予選のホーム・アンド・アウェーの原則がコロナ禍の拡大によって、この先どうなるかはまったく予測がつかない。

日本は初戦のオマーン戦を9月2日に大阪・吹田で行うが、ここは勝ち点3がマストになる。勝ち点1で御の字と考える相手を崩すコンビネーションもセットプレーも準備する必要がある。チャンスを確実に射抜く勝負強さ、日程変更などどんなアクシデントにも耐え抜くタフネスも。オリンピックでメダルを手にできなかった喪失感をアジア予選を勝ち抜く推進力に変えてほしい。

(サッカー解説者)

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