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「いつか見てろ」を力に 人間としても試される毎日

7日のセルタ戦の後半、競り合う岡崎(中央)=共同

「チームの勝利のために、駒になりたい」とここに書いてから1カ月が過ぎた。先発メンバーから外れ、途中出場の機会も減り、僕の立場は変わった。

得点を挙げるだけにとどまらず、守備にも貢献するというプレーだけでは、評価につながらないのだろう。ゴールやアシストなど「何かを起こすプレー」が僕に少ないのは事実だから。

監督は勝利のために、選手を選ぶ。そのメンバーに入っていない僕は、監督に求められていないということだ。34歳という年齢や外国籍というのも理由かもしれない。同じ力の選手がいれば、自国の選手や若い選手を使いたいと考えても不思議じゃないだろう。

監督のスタンスやチーム状況を考えると、「このままでは戦力外選手になってしまうかもしれない」と感じることもある。けれど、不思議と焦りはない。こういう経験は今に始まったことじゃない。ドイツでもイングランドでも味わった。

それでも「またか」という気持ちにはなれないし、「しゃあないな」とも思えない。ただただ「ちきしょう」という気持ちが募る。とにかく悔しい。勝てずに最下位に苦しむチームの役に立ててないのだから。

スペインリーグは終盤に入っている。残りは10試合しかない。でも、僕はあがいてやろうと思っている。この現状にどれだけ反発し、力を出せるかだ。

こういう毎日をいかに過ごすか?

選手としてだけでなく、人間としても試されていると思うから。今まで以上に練習中から「僕を使ってくれ」というのを見せていくだけだ。

僕はとにかく、監督やチームメートから評価されたい、認められたいと思ってやってきた。その欲求が満たされる機会は意外と少ない。悔しさばかりが募るけれど、結局、こういう環境に身を置きたいからヨーロッパにいるんだと思う。

試合に出るためには何をすべきか。チームのためには、どんな仕事が必要か。考えることは同じでも、環境が変われば、当然やることは変わる。新しい場所では何が起きるのかわからない。未知の場所で、初めての体験を重ねてこそ、自分の成長を実感できる。

どこに行っても、いくつになっても、どんなときも、僕は成長できるか否かの境界線に立っていると思う。

いろんな障害や厳しさはあるけれど、そこから逃げずにやってきた。そして気がつけば、海外での挑戦は10年が過ぎた。その日々を振り返ると悔しいことばかりが積み重なっているようにも思う。

「いつか見てろよ」

いまだに、そんな想いがふつふつと煮えたぎっている。

この悔しさを抱えたまま戦う。それが僕のエネルギーになる。

(ウエスカ所属)

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