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五輪頼みからの脱却 スポーツ界、正解に近づく努力を

ドーム社長 安田秀一 コロナ下の五輪(下)

東京五輪のメインスタジアム、国立競技場=共同

スポーツアパレルを扱うドームで社長を務める安田秀一氏のコラム。前回は新型コロナウイルスへの対応などで、ライブ感やスピード感のない旧来型リーダーシップの問題点を取り上げました。今回は東京五輪・パラリンピックをきっかけに、アスリート経営者として日本のスポーツ界が変わってほしい点を考察していきます。

◇   ◇   ◇

日本のスポーツ組織で自浄作用が効かないのは、旧来型のリーダーシップとともにきちんとした「ルールがない」という課題もあります。スポーツ団体ガバナンスコードができましたが、違反してもペナルティーはなく努力目標のようなもの。しかも、日本オリンピック委員会(JОC)がガバナンスコードを守っているかをチェックします。ここでも山下泰裕会長の全日本柔道連盟(全柔連)の会長兼務は利益相反となります。日本スポーツ界の象徴でもある山下会長を本当に支えるのであれば、忖度(そんたく)ではなく透明化された議論をすることでしょう。こんなにもわかりやすい利益相反をフタの中に閉じ込めていては、国際的にも問題がどんどん大きくなるばかりだと思います。

以前にも紹介しましたが、米国では五輪スポーツなどに関しては、テッド・スティーブンス・オリンピックおよびアマチュアスポーツ法と呼ばれる法律があり、米国五輪・パラリンピック委員会(USОPC)はその法律により定義され、各競技団体はUSОPCに事実上従属する関係で成立するなど運用ルールも明確に定められています。詳細には触れませんが、五輪とは米国でも連邦法で管理しなければならないくらい大きな利権が存在しているという証左だと思います。実際に米国で過去に何度も五輪関連の汚職事件が発生しています。また「五輪に出場する」こと自体が個人的な「特権」となるため、選手はもちろん、役員やスタッフの選考も法律で監視する必要があるとされています。

一方、JОCはというと公益財団法人で、「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」という一般的な法律により定義されています。各競技団体はまったく別組織として、それぞれ公益財団法人や一般社団法人などの法人格で活動しています。つまり、JОCは各競技団体とは法的な関連性もないまま、補助金の分配や選手や役員の選定という「特権」を握っているという実態があります。したがって、前述した山下会長の利益相反の関係が「法的には問題ない」ということになり、その特権の行方は当事者たちの正義感に委ねられてしまっている状態です。

ちなみに、大元の国際オリンピック委員会(IОC)もこれまでに何度も汚職事件を起こしており、リオデジャネイロ五輪招致で逮捕者が出たこと、東京五輪招致でもJОCは国際機関により捜査対象になっていたことは記憶に新しいのではないかと思います。「五輪」周辺にはそれだけの「特権」がある、ということです。

スポーツ団体、無報酬で運営

ただ、日本の五輪スポーツの場合、より根本的な問題があるのも事実です。それは、ほとんどの競技の連盟や協会がボランティアで運営されているという実態です。役員は選手選考や競技の開催ルールなどについて大きな権限を持っていながら、ほぼ無報酬。そこで手続きミスや事故などで賠償責任が発生する事態になったら、その責任を取らされるという問題です。

仕事も生活もある。

責任もある。

でも、対価はない。

それも日本のスポーツ現場、スポーツ団体の実態です。そんなゆがんだ環境が「俺はこんなに頑張ってんだから」「俺はXXの会長だ」という不純な自尊心を培養します。結果的に、スポーツ団体ではパワハラやセクハラ、私物化、使い込みなどの問題が次々に発生し続けてしまっています。欧米では法的な整備とともに、スポーツの産業化を並行して推進してきた歴史があります。収益が上がれば、公明正大に対価を得られるというガバナンスの起点をつくることが可能になります。

例えば、レスリングという競技は2013年に五輪種目から除外されるという危機がありました。そもそもこれが「危機」ということ自体が、五輪の特権を示していますが、具体的には日本レスリング協会の収支報告書を読むと、総収入約7億円のうちの受取助成金、受取補助金、受取交付金で計約4億円と半分以上も占めています。その詳しい明細は記載されていませんが、おそらく税金とtoto(スポーツ振興くじ)からの助成金ではないでしょうか。それが五輪から除外されると、このお金がすべてなくなってしまう。なので、レスリング関係者にとっては本当の危機だったわけです。

一方、米国レスリング協会の収支報告書を読むと総収入約16億円のうち、最も大きな収入として「メンバーシップ」の約7億円が計上されています。日本でも選手や関係者は「登録料」というものを競技団体に支払いますが、米国レスリング協会は約23万人という会員があり、誇らしくその数字を公式ホームページ内に大きく掲載しています。一方、日本はネット情報しか取れませんでしたが、競技人口約7千人という数字です。

鶏が先か、卵が先か、そんな議論になってしまいますが、日本のスポーツ界はレスリングに限らず、まず「五輪競技であること」「メダルを取って補助金を獲得すること」がその競技の成立条件となってしまい、知らず知らずのうちに「メダル」がその競技の目的となってしまっています。そして「メダルを取らせた功績あるコーチがパワハラをする」という事件が繰り返される、そんな状態を招いてしまっています。

剣道は五輪種目ではない(2021年3月、全日本選手権)=共同

話は少し飛んでしまうようですが――。では、剣道や弓道、あるいはラグビー(15人制)など五輪に採用されていない種目はいったい何が目的でしょうか。

スポーツは「自己実現」

主観を述べさせていただけるなら、本来スポーツは「自己実現」と、それを表現することで他者にいい影響を及ぼす「啓発」にあると思っています。つまり、自分が成長することがスポーツをそもそも始める目的であり、その姿を他人に見せることで好影響を波及させることにさらなる目的があると思っています。

選手はスポーツを通じて、成長の実感が得られるからこそ、他人にもその競技をやってほしいと思い、例えば部活動などで勧誘合戦が行われるわけです。であるならば、ガバナンスや産業化など大きな話をする前に、どんな競技であれ自分の競技の人口を増やすことが第一義ではないでしょうか。つまり、競技団体は、メダルの数を誇るのではなく、競技人口を誇る文化を醸成すべきだと思っています。それが補助金体質からの脱却の道筋であり、正しいガバナンス導入への第一歩だと思っています。

僕は何年も前からこうした問題を指摘してきました。

「SPORTS デモクラシー」というタイトルには、タブーをなくして、老若男女かかわらず、透明化した議論を進めようではないか!! という思いが込められています。言わずもがなですが、山下会長にも日本レスリング協会にも、個人的にはなんら悪意はありません。日本のスポーツ界は上意下達の文化とともに、厳然とした実力主義という文化もあると思っています。だからこそ、若輩者の僕が偉そうなことを書かせてもらえていると勝手にそう思っています。「実力がある」という意味ではなく、「先輩に果敢に向かっていく後輩」というニュアンスでおりますので、あしからずよろしくお願いします!

この時代、すべてはスピード感を持って進んでいきます。大きな失敗も、次の成功が「正しくフタをしてくれる時代」です。大切なのはそのリアルタイムな透明性です。

東京五輪をやるべきかやらないべきか。もちろん、僕にもわかりません。でも、今のようになんら説明も意見交換もないまま「実行」を押し付けられることには明確に反対です。無観客で行う五輪でも収入は得られるかもしれない。アスリートの夢もかなうかもしれない。でも、それによってお客様の誰もいないレストランがさらに増えてしまうかもしれない。多くの人に命の危機を与えてしまうかもしれない。民主主義の下、議論なくそんな矛盾を押し付けてはなりません。

コロナ禍において、百点を取ることなど誰にもできません。だからこそ、できる限り正解に近づく努力が必要だと思っています。

「五輪をやることで、安全に飲食業に恩恵がいく」

「五輪をやることでワクチン接種が加速する」

誰かがそんな夢のようなアイデアを持っているかもしれません。そんなアイデアを拾える時代です。大きな器を持って小さな意見を聞く度量が社会を変えていくと思います。

小さな風穴を少しずつ大きく広げていきましょう。五輪という機会を無駄にせず、日本のスポーツを、社会をよりよく変えるチャンスに変えていきましょう!

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。
Tokyo Olympic and Paralympic 特設サイトはこちら

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