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2位以下は負け マスターズ勝ちきった松山に感動

2009年のUTMBの最後の10㌔地点、ゴールのシャモニーの街を眼下にとらえた。今の順位(3位)を守ろうとした自分の判断を今も悔いている

松山英樹選手がゴルフの4大大会の一つ、マスターズ・トーナメントで優勝した。ゴルフにはまったく疎い私でもこれには驚いた。限られた世界のトップ選手のみ出場が許されるマスターズにはこれまで日本人は33人が挑戦して最高は4位で、日本初どころかアジア初の歴史的な快挙だったからだ。

10年近く前だったか、松山選手の大学ゴルフ部時代の仲間から、彼の素質の高さ、誰よりも練習熱心であり、意志の強さなど、いろいろな話を聞いていた。それだけに優勝の一報を聞いたときも「やはり」と思った。映像を見てそのすごさをあらためて痛感した。特に素晴らしいと感じたのは、勝ち切る姿勢だ。

1988年のソウルオリンピックの男子マラソン。優勝候補の筆頭だった中山竹通選手は4位に入賞した際、「1位でなければビリでも同じ」と発言して波紋を投げかけた。当時は私もこの言葉に違和感を抱いた。ただ、あとになってその真意を身にしみて感じることとなった。

それは2009年のUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)でのこと。レースも残すところあと1割程度の距離となった地点で、前年の4位を上回る3位につけていた。若干の余力はあったものの無理するのは危険に思えた私は、より上位を目指すよりも3位を死守する方を選んだ。「下手してつぶれるより、欧米人中心の中でアジア人が3位に入れば十分な快挙じゃないか」と。

そして「次があるさ」と内心思っていた。ところが結局のところ、そんな機会は訪れなかった。もちろん、世界一を目指す挑戦は続けたが、冷静になって振り返ってみると、3位を守りにいったあの時点が最も頂点に近く、勝つチャンスだった。いまもなお「あの時にもっと上を目指していればよかった」と後悔している。その点、松山選手の最終日のプレーには、頂点への執着とこだわりがあったように思う。

さらに今回の松山選手のマスターズ優勝で印象的だったのは、多くの先輩たちが涙を流して彼の偉業を称えたこと。自分が同じ立場だったらどうだろうか、と考えた。今後UTMBで優勝する日本人が現れた際、自分がなし遂げたかったとまず悔しさがこみ上げてきそうだ。そのあと壁の高さを誰よりも知っている自分だからこその心からの祝福の気持ちがわいてくるのだろう。

勝負の世界はきれいごとばかりではない。ある解説者によると、タイガー・ウッズは「ヒデキはあまり話さないから一緒にいても楽だ」と語ったそうだ。言葉の壁や習慣の違い、またアジア人であるために直面する日常の苦労もあったことと思う。

松山選手が優勝を決める最後のグリーンに向かうとき、観客の拍手に迎えられ歩を進める姿に胸が熱くなった。ボーダーレス社会とはいえ、プロスポーツの世界で日本は極東の島国だ。殻を破り、相手のホームで世界の頂点をつかみとることは並大抵ではない。ナショナリズムという言葉は好まないけれど、日本人として心が震えた。気がめいりがちなこの時世、感動を与えてくれた松山選手に感謝と、さらなる活躍を期待せずにはいられない。

(プロトレイルランナー)

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