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共感力に1票を投じる コロナ禍の政治、生活を翻弄

トークイベントでは聴衆の立場に思いをはせながら話すよう努めている

先日、地方議会議員選挙があった。毎回、誰に投票すればよいだろうかと選挙公報などを見て悩む。候補者の多くは選挙前になるとにわかに街角で演説をし、選挙カーは候補者の名前を連呼する。最寄りの駅には、日ごろから駅前に立って挨拶をする候補者もいる。

ある時、親と待ち合わせしているらしい小学生が駅前で所在なげに立っていると、その子に何か言葉をかけ、しばらくそばに寄り添っていた。やがて母親が現れて帰る際、子どもと候補者は笑顔で手を振り合っていた。選挙PRをひとまず置いて、地域の子どもを見守る何気ないふるまいにその人の優しさを感じた。

以前の私であれば、公約を掲げる政策に納得でき、行動力がありそうな人に投票していたけれど、新型コロナウイルス禍を経験して考え方が大きく変わった。今では政治家を選ぶ基準は人柄だ。これは言い換えると、弱者のつらさをおのれのこととしてとらえられる「共感力」を備えた人。

もちろん、選挙期間で候補者のすべてを理解するのは無理だと思う。ただ、プロフィルなどから挫折や逆境の経験の有無、人柄を想像するなどしたうえで、一言でも会話を交わす機会があると、ちょっとした立ち居振る舞いからでも何か伝わってくるものを感じ取ることができる。

プロランナーとなる前、15年間勤務した県庁では当時、年度末に事業が滞り予算を使えなくなると、各担当者は住民にとって有益な事業よりも残念ながら予算を消化しやすい事業は何かを真っ先に考えた。私も個人としては疑問を持ちつつも安易に指摘できない雰囲気に流されていった。どれほど崇高な理想に燃えていた人でも行政の組織に身を投じると、数値や見た目の結果を追求するあまり一般社会と意識が乖離(かいり)する。

政治家も同じなのだろう。コロナ対策に右往左往する政府においても、ある大臣の発言が大きな波紋を呼んだ。共感力の備わった政治家であれば、行政の都合ではなく、社会の弱者を救うことにまず真摯に取り組むのではないだろうか。仮にそれが難しくても、寄り添う言葉がひとつあれば社会全体をまとめることもできる。

心の底から他者をいたわる気持ちのない、うわべだけの言葉では逆効果。人に共感し、人の共感を呼び起こす力はその人が生きてきた大小さまざまの苦節を経るなかで培われ、それゆえ安易に周囲と同調しない力強さを生む。

幕末維新の英傑の一人、西郷隆盛は共感力にたけていた人だと思える。目的遂行のためには何事もいとわないという胆力がありながら、私心なく相手の立場を常におもんぱかり、ときには許し、いかなるときもおごった態度はとらなかったという。魅力あるこの人間像に多くの人々はひかれ、倒幕という一大事をなし遂げた半面、共感力が強すぎたゆえに非業の死を遂げることになってしまったと思う。

今回の選挙で、前述した候補者は落選した。自分が投じた1票に後悔はない。政治に自分たちの生活、人生がこれほど翻弄されることになろうとは、あらためてコロナ禍で思い知らされた。これもすべては選挙民の選択の結果なのだと思えば、たかが1票、されど1票、ずしりと重い。

(プロトレイルランナー)

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