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東京五輪のビジョン、当初から変わったのはなぜか

ドーム社長 安田秀一

東京五輪・パラリンピックの目的やコンセプトは当初から大きく変わっている

東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の不祥事が相次いでいます。新型コロナウイルスの不安もあり、東京大会の開催を望む声は高まりません。何のために開催するのか、という根本的な疑問が話題になっています。実は大会の目的やコンセプトは招致段階とは大きく変わっています。スポーツアパレルを扱うドームで社長を務める安田秀一氏のコラム。今回は東京大会のビジョンの変遷を考えていきます。

◇   ◇   ◇

前回のこのコラムで、大会組織委の会長を務めていた森喜朗氏辞任に関連して「東京五輪・パラリンピックは最初のボタンを掛け違えていた」と指摘し、今こそ全体を検証する絶好の機会だと書かせていただきました。

そう指摘した手前、自分でも「最初のボタンはどこか」とあらためて確認してみました。すると、最初に五輪招致を目指した東京都の目的やコンセプトは、現在のものとは「まるで別物」だったという事実を思い出しました。ボタンは途中から掛け違えてしまっていたのです。それではなぜ、どの時点から変わってしまったのでしょうか。

東京で2度目となる五輪、その招致構想が動き出したのは2005年夏でした。旗振り役は当時の石原慎太郎知事です。石原氏は都政に大きなビジョンとそれを実現する経営マインドを取り入れた知事、僕はそう思っています。政治家ですので賛否両論あるでしょうが、当時、駆け出しの経営者だった僕は、「政治家が変わるとここまで生活が変わるのか!」と、ポジティブな衝撃を受けた都民の一人です。

2つの印象的だった事例を挙げます。ひとつは都バスにラッピング広告が導入されたことです。薄暗かった都バスが華やかになる――。明らかに目に見える変化でしたし、政治がその気になればいくらでも金もうけができる、そんな財政健全化の無限の可能性が感じられた衝撃的な政策でした。カラフルになった都バスを見て以来、街のあらゆる公共物が「お金」に見えて仕方なくなりました。

もう一つは都立高校の学区制の廃止です。当時、僕の住んでいた東京都大田区は第1学区というくくりでした。都内在住の中学生は、その学区内の都立高校しか受験できない制度であり、名門といわれた日比谷高校を含めた都立高校は、日本全国どこからでも入学できる私立高校に比べて競争力が著しく低下していた、という実態がありました。当時の僕も学区内に魅力的な都立高校を見つけることはできず、学区制度は金科玉条という印象でした。それが、まさか都知事の一声でこの制度がいとも簡単に改正され、都内のどこの高校も受験できるなんて、政治の力はまるで「夢の力」とも感じました。現在では都立高校の競争力はメキメキ上昇しているそうです。

当初のビジョンは「平和に貢献」「コンパクト」

そんな石原都政のビジョンは「東京をニューヨークやロンドンなど世界の大都市に匹敵する都市にする」という壮大なものでした。そして、その目玉政策のひとつが東京五輪でした。東京で再び五輪を開催し、古くなりつつある都市を再生する。五輪だけでなく、07年に始まった東京マラソンもその一環です。世界五大メジャーマラソンと呼ばれる大会は、ニューヨークやロンドン、ベルリンなど世界有数の都市が名を連ね、その知名度を高めつつ都市の役割に深みを持たせていました。

東京都が五輪立候補都市に決まり、JOCの竹田恒和会長(当時)と握手する石原氏㊨(2006年8月)

石原都政を評価するのはいささか僭越(せんえつ)ではありますが、都市の国際競争力を高めるためにスポーツを活用するという政治手法は、ラッピング都バスと同様「とてもセンスがある」と感じていました。当時の日本には「海外の観光客を呼び込む」という発想はなく、インバウンド(訪日外国人)という言葉すらない、つまり海外の人々にとって東京は訪れるべき魅力的な都市ではありませんでした。反対にニューヨークやロンドンなどは観光客であふれ、都市の経済を支えていた現実がありました。東京もまずは世界にその魅力を知らしめるために、マラソンや五輪というスポーツの力を活用しようというわけです。「都市に熱狂空間をつくる」という世界のスポーツビジネス拡大の潮流と同じアプローチともいえるでしょう。

さらに言えば、16年東京五輪招致の大会ビジョンは、

「平和に貢献する大会」

「世界一コンパクトな五輪」

という「今からでもそうしようよ!」と思えるほど、共感性の高いものでした。つまり戦後70年以上、平和を貫いてきた日本が胸を張って掲げられるビジョンであり、普遍的なテーマでもあります。ゆえに環境が変化してもブレることがない意思決定の「軸」として機能していたはずです。コンパクトな大会とは「無駄なお金をかけない」ことを意味しています。メインスタジアムは「国立」競技場ではなく、「都」が後利用を考慮した「オリンピックスタジアム」を中央区晴海地区に建設する計画でした。それ以外の施設のほとんどは既存施設を活用し、すべての会場をほぼ半径8㌔以内に配置するとしました。現在の五輪は世界平和とともに開催都市のサステナビリティー(持続可能性)を強く意識しています。五輪の理念にも合致した素晴らしいコンセプトで「胸を張りたい」気分にすらなってきます。

しかしながら16年五輪はリオデジャネイロに決定し、東京は完敗。石原知事も12年に辞任して、五輪招致の目標は石原氏が民間から副知事に起用した猪瀬直樹氏によって引き継がれました。知事となった猪瀬氏は、16年に向けた計画をそのまま焼き直して20年大会の招致に成功したわけですが、その過程で「東京を世界の大都市に負けない都市にする」というコンセプトは少しずつずれていきました。また16年以後、リオ五輪招致活動における不正が発覚したり、石原氏が五輪招致争いに関わるダークな舞台裏を暴露したりと、国際オリンピック委員会(IОC)の権威的で政治的な体質も、ことあるごとに表面化していきました。ボタンを掛け直すことができたとすれば、政治的な取り組みをしないと招致が実現しないと見切った時点で、きっぱり手を引けば良かった、もしくは正々堂々とIОCを批判しても良かったのかもしれません。

ただし、当時の石原・猪瀬体制は、五輪招致に拘泥しました。その上で決定的なターニングポイントは、13年に20年東京五輪の招致に成功した後、猪瀬氏がスキャンダルによって失脚したことでしょう。都市の魅力を高めるため、真面目に招致活動をした結果、政治的な招致活動をしたリオに完敗してしまった。そして、その悔しさという負のエネルギーとともに招致活動にこだわった結果、五輪招致には成功したけど自らも政治の泥沼に足を踏み込んでしまった。猪瀬氏の著書の愛読者だった僕は、猪瀬氏が「ミイラ取りがミイラになった」ようで、とても悲しい気持ちになりました。

作家でもある猪瀬氏は自ら書き残してもいますが、開催都市の知事として、組織委の会長にトヨタ自動車の張富士夫名誉会長(当時)の起用を考えていました。トヨタといえば、徹底したコスト管理で知られています。また、財務責任者としては外資系の金融・会計・コンサルタントとして実績のある人物に頼むつもりでした。前回のコラムで紹介した1984年ロサンゼルス五輪のように、組織委のトップはコスト意識と国際感覚を持ち合わせたビジネスマンになるはずだったのです。

かじ取り役不在、人気取りの道具に

しかし、石原・猪瀬体制が崩れたことにより五輪のかじ取り役が不在となり、安倍晋三首相(当時)の意向で森元首相の組織委会長就任が決まった、そんな実態を新聞報道を通じて知ることになります。石原氏の独壇場だった都政を、自民党が喜々として取り返したようにも思えました。同時に、この辺りから東京五輪は、世界平和も都市のサステナビリティーもどっかに消え、「人気取りの道具」としてあからさまに政治利用されるようになっていきます。16年リオ五輪閉会式の「安倍マリオ」の登場は象徴的です。これも森氏の発案で決まったといわれていますが、そのブレーンの演出家は渡辺直美さんへの侮辱発言で辞任することになり、この五輪全体にまつわる泥沼の深さを、我々は思い知らされています。

リオ五輪の閉会式に、マリオにふんして登場した安倍氏(2016年8月)

加えて、都知事の変遷も東京五輪に大きな影響を与えています。猪瀬氏の次には自民党が推した舛添氏が当選。ただ、その舛添氏はまたもやスキャンダルで失脚し、今度は自民党を出た小池百合子氏が都知事となりました。小池氏は米国のトランプ前大統領がその政治理念として掲げていた「アメリカファースト」になぞらえ、「都民ファーストの会」という地域政党を立ち上げました。「アスリートファースト」という言葉がやたらと聞かれるようになるのもこの頃からです。

ちなみに、「アスリートファースト」という言葉を英語で検索してもほとんどヒットしませんし、僕自身、海外のスポーツ関係者から発せられるのを聞いたことがありません。英語ではほぼ使われない和製英語なのでしょう。そもそも五輪はアスリートファーストではなく、「世界平和ファースト」「都市のサステナビリティーファースト」の大会です。アスリートのために都市の財政が破綻していいわけがないです。

かくして「ビジョン」を失った東京五輪は利益誘導型、人気取り型の政治に翻弄され、「迷走の道」をひた走ることになりました。コンパクトな大会どころか、会場は北海道にまで広がりました。世界平和も東日本大震災からの復興もどこかへ消え、打ち勝ってもいないコロナに「打ち勝った証しの五輪」となりました。その場しのぎの対応を繰り返し、とうとうその開催コストは過去の五輪通じて史上最高額に膨れ上がってしまいました。

その収支面で言えば、組織委が公表している東京五輪・パラリンピックの開催経費は1兆6440億円です。うち7210億円を組織委、7020億円を東京都、2210億円を国がそれぞれ負担する内訳です。すでに1兆円近い税金が投入されている、という恐ろしい状態ですが、組織委の予算だけは原則として民間の資金、つまりスポンサー料やチケット収入、放映権料の一部(IOCからの分配金)など「イベント収入」です。ということは、中止にでもなれば、それらすべてが未収入あるいは返還などが必要となるわけで、数千億円規模のさらなる赤字が発生する可能性があるのです。すなわち、

「五輪が開催されない場合、その補塡はいくらで、誰がどう賄うのか?」

ここが明確に議論されるべきポイントなのだと思います。もし中止になったら、その穴埋めはまた税金で、ということになるのでしょう。すなわち、豪華な新設施設などすでに使ってしまった約1兆円の税金を含めて、誰かの責任問題に発展する可能性が高い。開催してくれさえすれば、そんな新たなスキャンダルの火種も五輪の感動が吹き飛ばしてくれる。関係者の誰もが大会開催にこだわる背景に、そんな思惑が見え隠れします。

IОC、そして日本の「政治的な風」にゆらゆら揺られながら肥大化し、結果的にコロナによって「風前のともしび」となってしまった2020東京五輪。

開催するか、中止にするか。

それぞれの場合、コストはどうなるのか。誰がどう負担していくのか。僕の周りにいるアスリートはうすうす感づいてはいますが、もはや今年の東京五輪はアスリートファーストでないことは明確です。

安全ファースト?

選挙ファースト?

真の都民ファースト?

何が優先され、何を犠牲にすべきなのか。都知事が掛けた最初のボタンですので、最後も小池氏が「何が都民ファーストか」をクリアに示し、きっぱり決断すべきだと僕は思っています。

いずれにしても、五輪開催まであと4カ月。本気になれば、まだまだやれることはたくさんあるはずです。安全にかつIOCからの分配金だけ手に入れようと思えば開催地を東京、あるいは国内にこだわる必要もないかもしれません。そんな感じで、今こそオープンに議論して、英知を結集して、「真の都民ファースト」の決断を下す。そして、その決断に向けて一致団結して突き進むべきだと思っています!

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。
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