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「野球は素人、データ分析は名人」が指導者の主流に?

スポーツライター 丹羽政善

北米には「Tボール」と呼ばれる、野球の入門的な遊びがある。主に小学校に入る前の子供たちのレクリエーションで、バッティングティーの上に置いたボールを打つことでゲームが始まる。常にボールが飛び交うので、突っ立っているだけの子供がいない。彼らはそうして野球のルールや楽しさを学んでいく。

昨季のワールドシリーズに進出したレイズには、プレー経験の乏しい分析コーチがいた=AP

2018年12月、そのTボールの経験しかないジョナサン・アーリッチマン氏がレイズのコーチとしてユニホームを着ることになった。その5年前からレイズでデータ分析を担当していた彼は、2年前からは同部門の責任者となっていたが、試合中にもベンチ内でリアルタイムの情報が欲しいというケビン・キャッシュ監督の要望によりプロセス&アナリティクスというコーチ職が新設され、そこに収まった。

異例ではあったが、さほど驚きは広がっていない。メジャーどころか、マイナーでもプレーしたことのない人が、今や次々と指導者としてユニホームを着る時代。時間の問題だったのである。

顕著なのが、在野に数多くあるトレーニング施設の指導者らを抜てきする流れだ。

バウアー支えた新アプローチ

10年、シアトル郊外に「ドライブライン」というトレーニング施設をつくったカイル・ボディ氏は大学で野球をやっていたが、けがでキャリアを断念。その後、独学でバイオメカニクスなどを学び、故障しにくい体の使い方を科学的根拠に基づいて研究するようになった。タブー視され、今も賛否ある重いボールを使ってのトレーニングも、彼なりにたどり着いた一つの答え。当初はキワモノ扱いされ、メジャーの球団に理論を売り込んでも相手にされなかったが、トレーニング方法などに興味を持ち、13年ごろから同施設で練習を始めたトレバー・バウアー(レッズからフリーエージェント)が18年にサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)にあと一歩と迫る活躍を見せると潮目が変わり、彼らの取り組みが注目されるようになった。

 バウアーは昨季、ナ・リーグのサイ・ヤング賞に輝いた=ゲッティ共同

その一例を紹介すると、彼らが力を入れたのは、トラックマンやラプソードといった測定機器から得られる縦横の変化量や回転効率といったデータをどう生かすのか、あるいは、モーションキャプチャーを使った動作解析が何を意味するのかといった、およそこれまでの野球指導とは異なるアプローチ。半ばバウアー自身が実験台となって、データを積み重ねていった。

女性の打撃コーチ登場

やがてそれが体系化されると、ドライブラインのバイオメカニスト、データアナリスト、ピッチングコーディネーターらが次々とメジャーの球団にヘッドハンティングされ、今やその数はボディ氏自身も含めると、20人を超える。19年11月、レイチェル・バルコベック氏という女性が、メジャーでは初めてフルタイムの打撃コーチとしてヤンキースに採用されたが、彼女もまた直前までドライブラインで働いていた。

テネシー州ナッシュビルにあるブレッドソー・エージェンシーという施設も、同様に野球に科学的視点を持ち込んだことで知られる。

18年、タイガースはドラフト1位(全体1位)でケーシー・マイズという選手を指名したが、彼は同施設で練習し、今もオフはそこへ通う。当然彼もデータの数値が意味するところを理解し、オーバーン大時代には周りから"教授"と呼ばれていたという。そのマイズをブレッドソー・エージェンシーで指導していたのがケイレブ・コーザム氏という元大リーガーだ。メジャーではほとんど実績はなく、わずか35試合に中継ぎとして登板したのみだが、彼もまたラプソードなどのデータを理解し、ヴァンダービルト大時代のコーチだったデレック・ジョンソン氏がレッズの投手コーチになったときに声をかけられアシスタントに。19年にピッチングディレクターとなり、昨年11月、フィリーズの投手コーチに引き抜かれた。

レッズには昨シーズンからドライブラインのボディ氏もマイナーリーグのピッチングディレクターとして加わっており、メジャーからマイナーまで、大学や民間で動作解析やデータ分析に力を入れていた指導者で統一された。それぞれの支流が合流し、ついに本流となったのだ。

過去にも、同じような動きはあった。

映画「マネーボール」でも有名になったが、1990年代の後半からアスレチックスなどが、統計学などをベースに選手の活躍を予想するセイバーメトリクスをスカウティングに採り入れ、埋もれた選手を発掘するなどして優位に立つと、多くがそれにならっている。そして、映画にも登場するポール・デポデスタ氏は当時、アスレチックスのGM(ゼネラルマネジャー)補佐だったが、2004年にはドジャースのGMとして起用され、セイバーメトリクスの大家ともいえるビル・ジェームズ氏は02年、コンサルタントとしてレッドソックスに招かれ、19年に引退するまで4度の優勝に貢献している。

2018年にワールドシリーズを制したレッドソックス。セイバーメトリクスの大家ビル・ジェームズ氏をコンサルタントに招き、成果を上げた=AP

さらにセイバーメトリクスを利用した複雑な選手評価手法が主流となったのに伴って、それをいとも簡単に理解する頭脳を持った人材もチームの主流に。アイビー・リーグをはじめとする名門大出身の秀才がGMなど、編成部門のトップに上り詰めていった。

「発掘と育成」が主流に

ただ、今の流れとは、大きな違いが2つある。セイバーメトリクスは発掘と活躍予想がメインであるのに対し、今の傾向は発掘と育成を主とする。また、セイバーメトリクスを操る人と選手の間――手あかのついた表現を使うなら、背広組とユニホーム組の間には、明確な線引きがあった。ところが今は、かつて背広組とみなされた人もユニホームを着る。現場でデータの解釈を伝え、体の使い方まで指導できる。選手もデータに抵抗がない。セイバーメトリクスのデータには無関心でも、ボールの回転数には興味がある。

18年11月にツインズの投手コーチとなったウェス・ジョンソン氏は、大学の投手コーチから、いきなりメジャーの投手コーチに抜てきされた初のケースとなった。彼もまた、バイオメカニクスや今どきのデータに精通する。

現役時代の実績でテレビの解説席に座ることはできても、それは監督やコーチの手形としては通用しない。 今や、そういう時代になった。

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