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共感で伝わる、伝える 心に響かないトップの言葉

うまく話せたかどうかより、レース当時の喜怒哀楽を素直に表現できた講演の方が人は耳を傾けてくれる

ここ一年、コロナ禍で政府や自治体のリーダーが発する行動自粛の要請メッセージを頻繁に耳にする。正直に申し上げて、ほとんどが心には響かない。彼らの言葉からは塗炭の苦しみを負わなければならない人々に寄り添っていこうとする気持ちが感じられない。

公務員時代に自治体幹部のメッセージの草案を作成した経験がある。それを思うと、ありきたりな文言になるのも仕方ないこととわかってはいる。たとえどんなに短いメッセージであろうと、トップの言葉は重く、多方面に影響が及ぶ。そのせいで行政の関係部局と広く調整を図ると、最終的には無味乾燥なものとなってしまいがちだ。

ただ、それ以上に今のリーダーの多くには「伝える力」が欠けているように思われてならない。実のところ、有効性のある施策があればよしとして、彼らはそれを伝える言葉までは重視していないのではないか、とさえ感じる。平時であればそれでも構わないだろう。ただ、現在は非常時。トップの言葉一つひとつに「緊急事態」の緊張を緩和させていくわずかな救いを求める一般心理をもっと理解してほしい。

海外の要人の言葉には力がある。もちろん、そうしたシーンが切り取られているせいでもあるけれど、新型コロナウイルスの感染者数を抑え込んでいるニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相や台湾の厚生行政のトップである陳時中氏のメッセージには弱者へのいたわりや思いやりを感じる。感染防止に対する辛辣な内容を伝えることがあっても、自分たちに寄り添ってくれる姿勢を感じ取るから、国民は耳を傾けて結果を出している。

私が実行委員長を務めるトレイルランの大会で、悪天候により大幅にコースを短縮、実質的には中止という判断を下した年がある。そのとき、どのような言葉なら参加選手が納得するのか短時間で必死に考えた。いざ壇上に立つと申し訳ない気持ちがこみ上げ、涙で言葉にならなかった。これはリーダーとしては失態だったと思う。ただ、意図せず私の思いは伝わったようだった。

もちろん、泣けばよいわけもなく単に伝わればよいというものでもない。大切なのは、人の痛みを自分事と思える、共感する力。講演でも当時の苦しい思い、喜びを素直に思い返し、熱をこめて伝えると評価されるけれど、いくら話をきれいに順序だてて話し、叙情的な言葉を並べようと、心がこもっていないと、歓心を買いたいだけと見なされ、逆に反感を買うことになる。

人種差別が発端となり63人もの死者を出した1992年のロサンゼルス暴動。事態を落ち着かせるカギとなったのは事件の発端となった黒人青年、ロドニー・キングがメディアの前で語ったメッセージだった。決して多弁でなく、言葉も内容も特別なものではなかったものの、ぼくとつとした語り口から、彼の声を聞いた誰もが暴力の無意味さを読み取ったのだった。

コロナ禍に地震災害と相次ぐ難局を乗り越えるため、各界のリーダーには今一番苦しい状況にある人々のことを胸に呼び起こしてほしい。未曽有の事態を乗りきるリーダーに不可欠の資質はこの共感する力ではないだろうか。

(プロトレイルランナー)

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