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名選手、名監督に近し ロールモデルコーチの価値

1月の天皇杯でのタイトルを最後に引退した中村氏㊥はJFAのロールモデルコーチに就任=共同

2020年シーズン限りで引退したJ1川崎の名選手、中村憲剛氏(40)が、元鹿島の内田篤人氏に続いて日本サッカー協会(JFA)の「ロールモデルコーチ」にこのほど就任した。早速、12日から高円宮記念JFA夢フィールド(千葉)で行われたU-17(17歳以下)日本代表候補合宿に参加し、未来のフル代表の卵を大いに刺激してくれた。

中村氏にロールモデルコーチを委嘱した狙いを、JFAは「アンダーカテゴリーの日本代表チームをはじめ、JFAが取り組む若年層の強化および普及に関わる活動に参加してもらい、中村氏の持つ経験、知見を後進の育成に当ててもらいます」とリリースに記している。無給に等しいにもかかわらず、多忙な合間を縫って合宿に参加してくれたのは、ただただ日本サッカーの行く末を思ってくれてのこと。内田氏や中村氏の日本サッカーに貢献したいという心意気、そして謙虚さには感謝しかない。

私も今回のキャンプに参加したが、選手は真剣に中村氏の言葉に耳を傾けていた。それはそうだろう。中村氏はおそらく、Jリーガーで最もペナルティーエリアにスルーパスを通し、攻略した達人である。現在、明治安田生命J1リーグでは川崎が王者の名にふさわしい魅力的なサッカーを披露しているが、そのスタイルの構築に関わった中心人物でもある。そんなレジェンドのアドバイスを間近で聴けるのは、少年たちにとっても、何物にも代えがたい貴重な機会だった。

観察しながら私も「そこでそういう言葉を使うのか」と刺激を受けた。指導者養成のコースで習う共通語があるとしたら、中村氏(内田氏も)が発するのは自身の経験に根づいた独自のワードというか。例えば、相手が厳しくプレスをかけてきたら、どうしても慌ててしまう。逃げのパスを出してしまう。

そういうとき、中村氏は「相手が来たとき(ピンチ)がチャンスだよ。来るってことは逆にそこで通せば得点のチャンスになるんだから」と少年たちに伝える。それがミスパスになっても「今のは精度の問題だから」と指摘して、トライとしては「悪くないよ」と励ます。そうやって背中を押された選手は、魔法をかけられたように、次には果敢に縦パスを通しにかかるのだった。

現役時代、パスを出す中村=共同

中村氏はまた「遊べ」「遊べ」と選手に声をかける。一見、無駄に見える遊びのパスを挟んでおいて、その間に周りの選手の3人目の動きなどを引き出したり、自分のマークを外す動きを入れたりして、決めのパスを出す下ごしらえをしておく。昨季まで現役だっただけあって、その声は非常にプレーヤー目線に近く、少年たちの胸に響くものばかりだと感じた。

サッカーにはファンクショナル練習という、平たくいえば、DFとかFWとかポジション別に分けて、そのポジションに求められるスキルを身につけさせる練習がある。同じDFでもセンターバック(CB)とサイドバック(SB)では求められる能力がかなり違ったりする。そういう意味で日本代表の名SBだった内田氏のSBにかける言葉、MFだった中村氏が中盤の選手にかける言葉は本当に質が高い。

練習が終わった後で「あのときはこうだった」「あそこではこうすべきだった」といわれても、選手はピンとこないことが多い。その点、中村氏も内田氏も練習中にタイミングを逃さずに、その場その場で気づきを与える「サイドコーチング」と呼ばれるものが的確なのだった。たった今、起きたばかりの事象についての助言だから選手の胸にもストンと落ちる。名選手だったからプレーイメージが豊富にあって「今、君はこうしたけれど、ここをこうすると、こういう選択肢も持てるよ」ということを非常に分かりやすく伝えられるのだった。

2人をすごいと感じたのは本当に偉ぶらないことだ。「聞きたいことがあれば何でも聞いて」という感じで少年たちに胸襟を開く。そんな彼らの人柄にふれて、選手は臆せず質問する。その関係性は見ていて、すがすがしいほど。

コーチとして苦労することに伝える技術の習得がある。前提として状況を一瞬で把握して、それを指摘し改善するための目と語彙を持たないといけない。中村氏や内田氏はその基本的な目と言葉を既に持っていると感じた。そういう感性を持った人たちが指導者としての技術をどんどん磨いて、これからどう指導者として成長していくのか。想像すると非常にわくわくするのだった。

教える側に回った内田、中村両氏も、実際に日本の将来を担う少年と接して、いろいろ感じることがあったようだ。そもそも選手としてトップクラスの経験の持ち主である彼らにしても、代表チームの監督やスタッフのミーティングに参加するのは初めてのこと。代表チームにおいて、監督、アシスタントコーチ、フィジカルコーチ、トレーナー、分析担当らがどのように仕事を共有したり分担したりしながら、毎日の練習を組み立てているかは、実際にその輪の中に入らないと分からない。

選手の体調、ケガの状態と治療と回復にどのくらいの時間がかかるとか、スポーツ医科学に基づくそんな報告から始まり、練習の狙い、中身、強度、使うピッチサイズの大きさ、人数、選手の理解を促進するために作成する映像資料の内容などを細かく決めていく。代表チームの表舞台に立っていた彼らが初めてそんなバックヤードに回ったわけだから、両氏とも新鮮に感じて、夜のミーティングでもコーチングスタッフによく質問していた。これから指導者ライセンスの取得を目指していく彼らにすれば、一つ一つが学びの対象になったのだろう。

「鉄は熱いうちに打て」というが、それは指導者養成にもいえる。指導者にチャレンジする気があるのなら、早いに越したことはない。選手としてどんなに一流の経験を積んだ者でも、新たに学んで足していくものがないと務まらないのがサッカーの指導者の厳しさである。イングランドサッカー協会(FA)をモデルに日本でも導入されたロールモデルコーチは、そういう意味では指導者の階段の一歩目として、選手には、仰ぎ見る大先輩のほやほやの経験を伝授してもらえるという点で、一石二鳥のユニークな効果があるように思う。

直近の事例でいえば、2018年ワールドカップ(W杯)を制したフランス代表とデシャン監督がそうだが、W杯で優勝した国はすべて自国の監督で勝っている。日本がW杯で頂点を目指すのであれば、押さえておくべき大事なポイントであろう。それはW杯優勝国からの「選手と一緒に指導者のレベルも上げていけ」というメッセージだと私は解している。

「名選手、名監督ならずとも、名監督に近し」。そう考える私は、ロールモデルコーチから名指導者が育ち、彼らが名選手を育て、また名指導者を生む。そんな再生産を繰り返しながら日本サッカーが過去の記録を上書きしていくことを期待している。

(サッカー解説者)

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