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苦楽ある移住者の就農 農村文化と共生、居場所を

新型コロナウイルス禍でも、実家の80歳と74歳の両親は畑で毎日汗を流し、以前の生活と何ら変わりはない。「百姓は密でもないし、世の中、食べ物無しには立ちゆかないからね」と、母は繰り返す。高齢でもなんとか健康で仕事に没頭する2人に、息子の私は安堵する一方で、少しうらやましくもある。

「どんなことが起こっても畑と田んぼさえあれば生きていける」が両親の口癖だった。農業という仕事に誇りを感じている。泥だらけになって働く2人の背中を見ても、これまでは何の魅力も感じてこなかったのだが……。

コロナ禍で地方に移住し、就農する人が増えているそうだ。密でわずらわしい都会を離れ、のどかな田舎で自分のペースで自然を堪能するライフスタイルが求められるのも無理はないのかもしれない。移住や就農を金銭的、ノウハウ提供などで手厚く支援する自治体も増えていると聞く。受け入れる側も、遊休農地や担い手不足の問題解消につながると期待しているようだ。

ただし、田舎で農業を仕事として始めても、憧れだけでは続かない。農業は天候などで収穫や価格が不安定な上に、農機具などの初期投資や飼料や苗、消毒などの諸経費が予想以上にかさむ。労力に見合った収入という点でみれば、サラリーマンの方がずっと好条件だと思う。

それに加え「よそ者」への心理的な壁も高く、せっかく移住しても農村特有の「助け合い」を中心とした濃密な人間関係になじめない人も当然現れる。農村では同じ土地で手を取り合い生活する共同体意識が強く、隣人も生活のパートナーでありさまざまな個人情報もときには共有するよう求められる。私自身も「どこの学校に受かった」「どこに就職した」「誰と結婚した」などと、いちいち田舎へ帰るたびに詮索されるのを面倒くさいと思う時期があった。

半面、一度腹を割って話したり、思い切って頼ったりすると一気に距離が縮まる。若い頃と違って、この歳になるとざっくばらんな人間関係が心地よく感じられる。結局は自分の気持ち次第というほかないのだ。

以前、山陰地方の農村のレストランを訪れた際、そこで働く女性が生き生きして笑顔がとても輝いていた。そこに移住し、地元食材でもてなすレストランで働きながら周囲の環境になじみ、農業をなりわいとする夢をかなえるために少しずつ学び、確実に歩みを進めているという話だった。副業を持ち、その土地に根付き、自分の居場所を増やしていくのもひとつの方法かもしれない。彼女の笑顔は都会ではめったにお目にかかることがなく、これもマイペースで生きる農村生活がもたらす豊かな恵みといえそうだ。

大酒飲みの父は数年前、ステージ4の大腸がんを患い、一時衰弱したが、日々陽光を浴びながら畑で汗を流すのがよいのか、いまは回復した。母も、若い頃には農業以外のいろいろな仕事がうらやましかったけれど、長い目でみれば農業に就いてよかったという。若いころは旧態依然として刺激のない仕事としか見えなかった農業が、都会で雑事に追われる今となってはまぶしく映る。

(プロトレイルランナー)

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