守備の個人スキル向上がJリーグと日本代表を成長させる
サッカージャーナリスト 大住良之

「ワールドカップで改めて感じたのは、サッカーは『ボールの奪い合い』から始まるということ。そこを大事にやっていきたい」
1月に横浜で開催された「フットボールカンファレンス」で、日本代表の森保一監督がこんな話をした。戦術もチームワークも大事だが、何よりもサッカーのベースとなるのは一対一でボールを奪うこと、そして奪われないこと。3年後の2026年ワールドカップに向かって、そこからやっていきたいという決意の表明だった。
近年のサッカーで最も多く語られているのが「インテンシティー」という言葉だろう。相手ボールになったときの寄せの速さと強さ、ボールをめぐる戦いの厳しさ、そしてボールを奪ってから間髪を入れずに相手ゴールに向かっていく迫力、ボールをもっていない選手たちのランニングのスピード、スピードの持続……。そうしたものを総合したイメージが、この「インテンシティー」という言葉には込められている。
そうしたなか、相手の足首を踏みつけたり、勢いよく飛び込みながらボールでなく相手の足に打撃を与えたりするラフで危険なプレーが急速に増えているように感じる。ボールをめぐる争いが激しくなるのは当然のことだが、「インテンシティー」とラフで危険なファウルは不可分のものではない。ラフで危険なファウルになるのは、「守備技術の未熟さ」のせいだからだ。

ワールドカップで見ていても、守備の技術の高さを感じるディフェンダーはそう多くはなかった。激しく寄せ、力ずくでボールを奪うことはできていても、相手のプレーを読んで足を出す、相手の体勢を見て瞬時に体を入れるなどの「守備技術」で感心させられる選手はあまりいなかった。どのチームも、ボールを奪われると全員が連動して守備にはいるのだが、肝心の場面、ボールをもった相手選手への対応では、勢い任せの選手ばかりだった。
その数少ない「例外」のひとりが、日本の中盤を支えた遠藤航だった。日本の4試合すべてに出場(うち1試合は交代出場)し、中盤で奮闘し何回も相手ボールを奪って攻撃につなげたのだが、ファウルは4試合でわずか6回だった。逆にファウルを受けた回数ではチームでいちばん多く、9回を数えた。
プレーを見ている印象では、遠藤はチームで最も激しくそして厳しくボールをめぐる争いをしていたのだが、ファウルをせず、逆に相手のファウルを誘っているのである。相手のファウルが多くなったのは、遠藤との「ボールの奪い合い」で負けそうになり、無理した結果だった。
Jリーグや日本代表の歴史を見ても、守備技術の高さで活躍した選手はそう多くはない。Jリーグ時代にはいってからの選手で言えば、坪井慶介や阿部勇樹といったところだろうか。スピードがあり、フットワークに優れた坪井は、相手の変化についていき、相手がスキを見せた瞬間にボールを奪った。センターバックというポジションで1シーズンイエローカードなしという記録もつくった。阿部は遠藤に似たタイプで、相手に体を寄せ、体をねじ込むように奪うのが得意だった。ただ残念ながら2人ともすでに引退し、今季のJリーグで見ることはできない。

現在のJリーグには、遠藤や坪井、阿部といった「守備の芸術家」がいるだろうか。ディフェンスの場面では、多くの選手が勢いにまかせて飛び込むか、それとも見ているだけで相手に自由にプレーをさせてしまっているか、そのどちらかなのだ。
これはJリーグに限らず、日本のサッカー全体に言える問題ではないだろうか。攻撃については個人の技術も戦術もしっかりと指導されている。しかし守備はチームとしての組織をどうつくるかが主体となり、個々の対応があまり指導されていないように思う。だから現在Jリーグで見るような激しさだけの守備になってしまう。
遠藤らの「守備の技術」は、あくまでも後天的に身につけた「技術」であり、けっして生まれついての「才能」ではない。トレーニング次第でいくらでも技術を伸ばしていくことはできるはずなのだ。
17日に川崎フロンターレ×横浜F・マリノスという最高のカードで開幕する2023年シーズンのJリーグ。今季は、単に「インテンシティー」だけでなく、「守備技術」の高さを見てみたい。守備技術の重要さが認識され、トレーニングされるようになれば、Jリーグから次々と「遠藤二世」が生まれるはずだ。それは当然Jリーグのレベルを上げる。守備の強化は、攻撃の強化を生むからだ。そしてもちろん、ワールドカップで「今度こそベスト8以上」を目指す森保監督を大いに力づけるはずだ。