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DXが解き明かす、投手の「球のキレ」

スポーツライター 丹羽政善

ブルペンで投球練習するエンゼルス・大谷=共同

3月23日にNHKBS1で「進化する野球 挑戦者たちの戦い」という特集が、4月14日にはクローズアップ現代+で「能力伸ばす〝オープン・シェア革命〟」という番組がそれぞれ放送された。

両番組の取材に携わる中で、ここ数年の野球界の流れ――例えば、数値によって可視化された打球の初速と角度を打撃に生かす「フライボール革命」や、回転数、回転軸、変化量といったこれまで肉眼ではとらえられなかった投球データを基に理想の軌道を追求する「ピッチデザイン」――を俯瞰(ふかん)すると、はっきりとした共通項が浮かび上がった。

最新の技術や、それによって得られるデータを利用して感覚を補い、パフォーマンス向上に生かす。そして、そこから生まれたものを共有することによってさらなる発展とイノベーションをもたらす。端的に言えば、DX(デジタルトランスフォーメーション)の一形態が、そこに透けた。

バーランダーの投球に大谷が感じた「品」

では、その源流はいかにして生まれたのか。今回、それをたどっていきたい。まず、およそ3年前まで時を戻す。

2018年5月16日、大谷翔平(エンゼルス)は、ジャスティン・バーランダー(アストロズ)と対戦すると、4打席で3三振を喫した。大谷は試合後、「野球をやってきて、おそらく打席の中で見た一番速い球。改めて素晴らしい投手だなと。トータルしてすごく完成された投手だなと感じた」と振り返ったあと、こう言葉を継いだ。

「ここまで品のある球は、なかなか経験したことがない」

「品がある」――。彼の野球ボキャブラリーは一種独特だ。昨年2月、打撃練習でさえ満足な打球が打てなかったときには、「品がない」と自らの打球軌道を形容している。

では、品の基準はどこにあるのか。

「僕がそう思ったからそうだという主観もそうですし、人のバッティングを見ていて、そう思うこともそうですけど、人によってそれは違うと思う」と大谷。「そういうふうに見えなくていい選手ってあんまりいなかった」

このことを掘り下げると本題と外れるので機会を改めたいが、バーランダーの球質に絞って話をすすめると、「品」を「キレ」と訳せば、なんとなく筋が通る。ところが、キレという言葉自体、定義が曖昧だ。

「見える化」がすすむボールの質

野球をやったことのある人、あるいはテレビ、ラジオなどで野球に触れたことのある人なら、何度も耳にしたことがあるはずだが、その実態はあるようでないような。もちろん、ボールの質を表す言葉ではあるものの、漠然と「キレがあればいい」ということでまかり通ってしまっている。

ただ、そのキレの正体が、テクノロジーの進化――ホークアイ、トラックマン、ラプソードといった様々な計測機器の登場によってボールの回転数、回転軸、回転効率などが分かるようになったことで、判明しつつある。つまり、大谷が「品」と称した球質もまた、データによって「見える化」がすすむ。

ではいったい、バーランダーはどんな真っすぐを投げるのか。球速だけなら、大谷の方が速いが、なぜ、球速以上に速く見えるのか。彼の投球データ(球速、回転方向、回転効率、回転数)からフォーシームファストボール(以下フォーシーム)の軌道を再現し、大リーグ平均(20年)と大谷の平均(18年)と比較すると、なるほど、大きな違いがあった。

上のCG動画について、少し注釈を加える。大谷は20年のデータが少ないので18年のデータを利用、バーランダーは昨年、トミー・ジョン手術(肘内側副靱帯再建術)によって長期離脱したので19年のデータを利用した。CGの中のSPIN DIRECTIONは回転方向。SPIN EFFICIENCYは回転効率を示す。球種はすべてフォーシームだが、分かりやすくするため球種を変えて色を分けた。左から順に20年の大リーグ平均(赤)、大谷(青)、バーランダー(黄色)の順。大リーグの平均軌道が真ん中にいくように設定し、それぞれの平均値との差を求めた。

またCGはシアトル郊外にある「ドライブライン・ベースボール」が提供している「EDGE」というオープンソースのソフトを使用し、作製にあたっては事前に使用許可を取った。球速、変化量、回転数に関しては、大リーグが提供しているStatcastのデータをbaseballsavant.comから抽出し、回転効率に関しては米イリノイ大のアラン・ネイサン名誉教授が、「Determining the 3D Spin Axis from Statcast Data」という論文で公開している計算式を利用した。

高い回転効率が縦横の変化量を大きくする

バーランダーのフォーシームは、大リーグや大谷の平均と比べるとボールの回転数、その回転をいかに効率的にボールに伝えているかを示す回転効率が高く、その結果として縦と横の変化量が大きくなっている。特に回転効率の差が顕著で、それが大谷に足りないものであることは何度か指摘し、本人も改善を意識しているところだが、このバーランダーの球は左打者の大谷から見れば、ボールがホップしながら逃げていくものとして映るはず。

打者の脳は平均的な軌道をもとに到達地点を無意識に予測するので、そこから大きく外れる軌道にはなかなか対応できない。そこに同じ95マイルの球でも、速く見えたり、そこまで速さを感じなかったりする要因があるとするならば、それが「品」の正体であり、すなわちキレの正体ではないかと、推測できる。

バーランダーのような球質の効果もデータで裏付けられている。昨年、カブスのダルビッシュ有(現パドレス)はシーズンに入ってまもなく、フォーシームの回転方向が変わり、その後、回転効率が上がった。19年、ダルビッシュのフォーシームの平均回転方向は、時計で表現するなら12:25だったが、7月31日のパイレーツ戦で四回にジョシュ・ベルを迎えたときに12:56に変わったのだ。

もちろん、偶然ではない。ダルビッシュは自身のYouTubeチャンネルなどで解説しているが、腕をプロレスのラリアットのようなイメージで振ったことで、軌道が変わったという。バーランダーの19年の回転方向の平均が12:52なので、横の変化量だけで見れば近くなり、これによって右打者にしてみれば、食い込んでくるような軌道となったわけだ。

そして、その時点ではまだ、ダルビッシュの平均回転効率は67%程度だったが、その後、9月15日の試合で92%をマークするなど徐々に上がり、縦の変化量も大きくなった。まさに、彼のフォーシームはバーランダーのような球質に変化したのである。以下にダルビッシュのフォーシームの軌道を先ほどと同じように再現し、その変化を比べてみたが、一目瞭然である。

左から順に19年の平均(赤)、20年の平均(黄)、20年9月15日(青、対リンドーア)の軌道。 19年の平均軌道が真ん中にいくように設定し、それぞれの平均値との差を求めた。

結果として、どんな効果がもたらされたか。平均球速が94.1マイルから95.9マイルに上がったこともあるが、昨年、スイングして空振りする率は相手が50球以上振った場合、42.3%でリーグ3位だった。先発投手では1位。また、2ストライクと追い込んでからフォーシームを投げて三振に仕留めた確率は33.9%(相手が25球以上振った場合)で、先発ではリーグトップだった。軌道の変化が、空振り増をもたらしたのである。

では、そうした真っすぐを投げるには、どうしたらよいのか。誰にでも投げられるのか。

そこがDXの根幹をなす。理屈では、バーランダーやダルビッシュのデータがはっきりしているので、球速、回転方向、回転効率、回転数を寄せられれば、同じような球を投げられるということになるが、もちろん、小手先でどうこうなるものではない。

ダルビッシュのフォーシームは右打者からみて、食い込むような軌道をとるようになった=ゲッティ共同

昨年の秋、大谷も通い、まさにDXを実践するトレーニング施設「ドライブライン・ベースボール」などでは、モーションキャプチャーを用い、トレーニングを開始する前にまずは全関節の動きを数値化する。

日本でもDeNAベイスターズが同じようなアプローチを行っており、横を向いている時間を示す並進時間、腰の回転速度、肩の回転速度、肘の伸展速度といった数値を動作解析によってはじき出し、目的に沿った形で、修正点を整理していく。

モーションキャプチャーによる動作解析は、故障予防の観点において重要視されており、改善プログラムでは、パフォーマンスの向上と故障予防をどう両立させていくかがポイントとなるが、そうした取り組みと並行してボールの軌道を変える「ピッチデザイン」を試みることになる。

そのピッチデザイン自体も複雑なプロセスをたどる。フォーシームの回転効率を変える必要があるなら、グリップや手首、前腕の角度などを調整。変化球の軌道を変えたい場合――例えばチェンジアップなら、リリース時に指が縫い目にかからないようにして回転数を低くするなどして、イメージする軌道に沿って回転方向を変える。

ハイスピードカメラで確認しながら微調整

そのとき、ラプソードなどの計器でデータを計測し、変化量などを確認することになるが、エジャートロニックカメラという1秒間で2500~3000フレームもの撮影が可能なハイスピードカメラでリリースや回転の様子を撮影し、微調整を繰り返す。そこは、選手によっては気の遠くなるような作業ではあるが、意識しなくてもできるよう運動を自動化するには、避けて通れない。

なにより一連の過程で大事なのは、まずは現在地を知り、ゴールを設定したら、その過程を克明に記録すること。そうすれば狂いが生じたとき、その原因をたどれる。経験値だけでは補えないものを客観的なデータが教えてくれるのである。

ところで、いかにして今のような流れが生まれたのか。一部のトレーニング施設、選手が様々なデータに独自に取り組む中、圧倒的な資金を投入して変革を仕掛けたのは、大リーグ機構だ。投球の軌道データなどをはじき出す「トラックマン」と画像解析の「トラキャブ」を組み合わせたMLB独自のデータ解析ツール「STATCAST」を開発したことはその一例だが、そのデータをさらに一般公開したことで、それを利用する動きが加速していった。

STATCASTの開発、導入に携わり、そこで得られるデータのオープン化を推進した大リーグ機構の運用&戦略部門のチーフ役員であるクリス・マリナク氏に話を聞くと、こんな経緯を教えてくれた。

「スピードガンは野球を変えたものの一つだけど、その延長で『もっと新しいデータを提供できないか、それによってファンをもっと満足させられないか』と考え始めた。そんな時にちょうどiPhoneが登場し、アプリが普及し始めた。そのアプリの将来性を考えたとき、まず、PITCH f/xというトラッキングシステムによって得た投球データを提供することは面白いと思った。それが今につながっている」

 大谷も昨秋、DXを実践するトレーニング施設に通った=共同

スマートフォン、それによって生まれたアプリも技術革新の一例だが、公式アプリでのリリースポイント、ボールの変化量といったデータの公開は、ファンサービスの一環として始めたものだった。それはコアなファンを満足させただけでなく、「想定以上の革新が生まれた」とマリナク氏は振り返る。その一つが例えば、「ベースボール・サバント」というデータの検索サイトの登場だという。

作ったのはダレン・ウィルマンというアストロズファンで、大学卒業後、ヒューストンがあるハリス郡の地区検察局で10年近くウェブの開発に携わり、犯罪歴照会のデータベースを開発。そのコンピュータープログラミングの知識を使って、ベースボール・サバントを立ち上げると、様々な分野の科学者の興味を駆り立てた。

そうした外部との接点は当初、マリナク氏らのシナリオに必ずしもあったわけではないが、「データが増えれば、分からないことも増える。スマートな人が入ることで彼らの知見を利用し、これまで解決できなかった問題が解決できるようになった」とのこと。ベースボール・サバントがそれを促したのだ。

新たなデータ提供が物理学者らを刺激

実際、データそのものはただの数字でしかない。それをどう読み解き、利用するか。しかし、データも複雑化し、野球界の人材だけでは手に負えなくなった。そんなとき、「物理学者のほか、航空力学・ロケットの科学者らをも引き寄せた」のだという。

「おそらく10年、15年前、彼らは我々の世界にはいなかった。野球の動きは、ある程度、物理学的な視点から説明がつくことが少なくない。もちろんそれは容易ではないが、だからこそ彼らの知識欲を刺激し、データや分析結果の解釈のしかたを見いだしてくれた」

さて、データを計測し、その意味を整理したら、今度はそれをどうパフォーマンスにつなげていくのかということになるが、そこで登場したのがトレバー・バウアー(ドジャース)という投手である。

彼は昨年、ナ・リーグのサイ・ヤング賞を獲得したが、高校時代から物理学や動作解析に興味を持った。2011年のドラフトでダイヤモンドバックスからドラフト1位(全体3位)で指名されると、12年にメジャーデビュー。その年のオフ、全米各地にあるトレーニング施設を訪問し、各指導者の理論を尋ねて回った。

また、バイオメカニクス、物理学、栄養学の専門家の元も訪れ、そこで得た知識をリポートにまとめ、自らが目指す道を絞り込んでいる。そのときに「ピッチデザイン」のコンセプトもまとめたが、その時点では今のような投球軌道のデータはなく、ハイスピードカメラの利用も思いつかなかった。

ピッチデザインと呼ばれる手法に道をつけたバウアー=AP

しかし、トラックマン、ラプソードという計測機器、そしてSTATCASTという解析ツールの登場によって、知りたかった情報を把握すると、ハイスピードカメラをあわせて活用することで、念願だったピッチデザインのロードマップを作り上げた。

その結晶が、かつて紹介したスライダーのピッチデザインだが、今やこの手法は大リーグのスタンダードだ。

参考:「データと向き合う サイ・ヤング賞候補の取り組み

もちろん、彼の取り組みは、それだけにとどまらない。

例えば、いいピッチングができなかったとき、さかのぼって原因をたどる。睡眠パターンをすべて記録してあるので、睡眠時間、その質はどうだったのか。血液検査も毎朝しているので、ホルモンバランスなどに異常はなかったか。食事はどうだったのか。

フィジカル面でも、例えば腕を外側に押す力、内側に押す力などを毎日計測しており、それらの数値は通常、登板翌日に落ちるが、次の先発に向けて回復が遅ければ、トレーニング量を控え、リカバリーを重視するなど、柔軟にルーティンを調整している。

自らの経験を惜しげもなく公開したバウアー

その理由をバウアーは「感覚だけでは、自分の体の状態を正確には把握できない。客観的な、しかも、複数のデータから自分の体を知る必要がある」と説明し、続ける。「得られたデータとパフォーマンスをひも付け、さらに修正過程も記録しておけば、好不調の波を減らせるはずだ」

彼がユニークなのは、そうして積み上げた経験を惜しげもなく、YouTubeなどSNS(交流サイト)でさらすこと。それは野球界全体の発展を意識したマクロ的な狙いもあるが、「公開することで得られることも少なくないからだ」と言う。

「共有は、自分自身が成長するためでもある。自分の知識をオープンにすることで、違う角度から、足りないこと、間違っていることを指摘してもらえる。結果として自分の理論が補完されていく」

さきほど触れ、以前、このコラムでも触れたチェンジアップのピッチデザインなどは、まさにその過程をたどった。

参考:「サイ・ヤング賞投手バウアーが語るピッチデザイン

リリースの瞬間、縫い目に指がかからないように投げることで回転数が落ち、落下幅が大きくなることは分かった。回転方向は1:30前後なら理想的。しかし、それでも落下幅や、軌道にブレがある。なにが原因なのか? それを探っていると、ユタ州立大で航空力学を研究しているB・スミス教授から「縫い目の方向を把握することでより変化量をコントロールできる」と助言され、答えにたどり着いた。

「内輪だけでは、気づけなかった」

大リーグは昨年からSTATCASTの根幹システムをホークアイに変更したが、 今、その新たな解析システムによって縫い目方向の影響もまた可視化されつつあり、そこに注がれる関係者の視線は少なくない。

技術革新によって生まれたデータをどうパフォーマンスに生かすのか。その挑戦のためだけのDXではない。「知の共有」は次のステージへのステップともなる。その過程では、より多くの知を必要とし、これまで野球界とは無縁だった人材も加わった。

そして大リーグは今、高校生など、アマチュアにも計測機器の提供を無償で行っている。その意図を、前出のマリナク氏はこう説明する。

「高校生や大学生に計測の機会を与えることで、彼らがパフォーマンスを向上させる一助となる。仮にその高校生がメジャーへ行けなくても、そういう情報を使って大学で成長するかもしれない。また体の仕組みを理解することで、それを他のスポーツで生かすようになるかもしれない。そういうこともまた我々としては大切だと考えているし、そうした場をこれからも多くの人に提供し、若い選手の成長を促したい」

テニスなどの判定補助システムとして知られるホークアイは、大リーグでもプレー分析に役立てられている=ロイター

ではいったい、そうした未来への投資は何をもたらすのか。

バウアーは、「そもそもの差が小さいプロよりも、身体能力だったり、トレーニング知識の理解度に差があるアマチュアのほうが、新たな技術とそれに伴う科学的なアプローチの効果は大きい」と話し、若いうちからデータを生かすすべを知る彼らが大リーグでプレーするようになったとき、「さらに野球は進化する」と確信する。

また、大リーガーになれなかったとしても、若いうちからデータに触れ、数字の意味を理解する彼らは、「その柔軟な発想力で、さらに別のイノベーションを起こすのではないか」とも予測する。

望むと望まざるとにかかわらず、野球界は今、そんな大きな変革のうねりの中にいる。

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