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コロナと利他精神と東京五輪 今秋、日本はどんな姿に

ドーム社長 安田秀一

東京五輪・パラリンピックの開催を巡って世論は割れている

東京五輪の開幕が、あと1カ月に迫ってきました。大会関係者の発言のたびに議論が巻き起こり、目前になっても開催の可否が取り沙汰されています。米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店、ドームで社長を務める安田秀一氏は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)と五輪という2つの大イベントを抱える状況に「日本は今、大きなターニングポイントを迎えている」と指摘します。

◇   ◇   ◇

新型コロナの感染状況と東京五輪・パラリンピックの開催を巡って世論は割れ、社会に混沌とした雰囲気が漂っています。どうにも暗い気持ちになってしまうのですが、日本は今、大きなターニングポイントを迎えているのでしょう。パンデミックと五輪というどちらも「地球規模の大イベント」を同時に日本の首都に迎えているわけです。

そんな日本人がかつて経験したこともない混沌も、3カ月もすればおおかたの方向性が定まるはずです。つまり、五輪が終わった後、この国はいったいどんな姿になっているのか。より具体的にいうと、

「私たちはどんな9月を迎えたいのか?!」

ここを一人ひとりがよりくっきりとイメージをして今を過ごすこと、それが何より大切なことだと思っています。あまり遠くない未来をどう変えたいのか。「未来をつくるのは我々国民である」という自覚です。

五輪を行う

五輪を延期する

五輪を中止する

人類は、新型コロナのコントロールはできませんが、五輪はコントロールできます。同時に、最善の自衛策と思われるワクチン接種の環境もいよいよ整ってきました。そうなると「どんな9月にするか」というシナリオはいくつかに限られてきます。

五輪はいうまでもなく世界最大のイベントです。普通のスポーツイベントとは別次元です。環境も人種も宗教もまるで違う人々が世界中から一拠点に集まり、短期間に集中して相手や関係者と「対戦・交流」するのです。やる人にも見る人にも、最大の興奮をもたらすのがスポーツです。友達と集い、はしゃぎ、喜びや悔しさを分かち合い、秩序だった社会のストレスの発散をする、つまり意図的に興奮と混沌を作るのがスポーツであり、その頂点が五輪なのです。今まで政府や専門家から、ずっとお願いや要請をされてきた「三密禁止」「人流抑制」「大声を出さない」などとは正反対のことが、世界中から凝縮された状態で意図的に行われるわけです。

五輪を行い、興奮と混沌状態を作る。

我が国がそんな決断をした場合、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長の発言にもあった通り、ある程度の犠牲を払う必要があるでしょう。考え得る「9月のシナリオ」としては、新たな変異ウイルスの流行や医療体制の逼迫、緊急事態宣言の再発令、それによりポジティブな興奮状態は瞬間冷却され、経済はさらなる落ち込みを見せる。スポーツの生み出す興奮とは正反対のネガティブな混沌が引き起こされるのはほぼ間違いないでしょう。そんな五輪後の対処がかさむとともに経済の回復は遅れ、来年まで景気悪化は続くのではないでしょうか。

では、五輪を中止するシナリオではどうでしょうか?

今現在、医療機関はもちろん、五輪の準備で選手団を受け入れる各自治体などでは大混乱が起こっています。来日予定の選手団の日程も人数も食事の有無も、何も決まっていないから当然です。どんな旅行でも「日程、人数、食事の有無」がないと予約はできません。そんな大小様々な混乱の全てを「ワクチン接種」に全力を尽くす方向に切り替えられたらどうでしょうか。五輪用の大きな施設、準備に混乱している医療機関や関係者が「全集中」してワクチン接種をしたらどうなるでしょう。

東京の大規模接種センター

今、日によってはワクチン接種は100万回に近いところまで実行できているようです。全集中してこのワクチン接種のクオリティーを上げ、100万回接種を維持するだけでも、9月までの約100日前後の間に1億回以上の接種が可能になります。国民の大半にワクチンが行き渡る計算で、重症化リスクの高い高齢者は、2回目の接種が完了できるでしょう。

すると海外事例でも明らかなように、先を見て動く経済はみるみると回復するはずです。大規模イベントも行えるようになるでしょう。五輪はできなくても、プロ野球の日本シリーズはスタジアムで熱狂空間が作れているかもしれません。

「我が国は五輪を中止して、ワクチン接種に全力を集中します!」

そう宣言するだけで、国民はその明確な方針に理解を示し、医療機関のモチベーションは高まり、飲食業は元気を取り戻し、消費は回復し、株価も上がるかもしれません。9月にはあらゆる経済指標が好転するかもしれません。

あくまでも主観ですが、僕個人的にはそんな「2パターンの9月の姿」がくっきり見えます。

夏の五輪は約50年ぶりですが、日本には大相撲もマラソン大会も学生スポーツもいっぱいのスポーツがあります。競技やレベルは違っても、アスリートがその瞬間に懸ける思いは少しも変わりません。五輪を中止して、まん延防止に全力投球すれば、最終学年を迎えている学生たちに試合をさせてあげられる確率は一気に高まることでしょう。

それより何より、最も大きな効果は「政府と国民の信頼関係の構築」だと思います。

先日、新型コロナの封じ込めに成功してきた台湾から帰国した知人と話をする機会がありました。現在は感染者が増えているようですが、それでも日本よりはるかに感染を抑えています。その対策は徹底した人流抑制です。

例えばコンビニに入店してもQRコードによる記録が必要で、誰がどう行動したのかを正確に追跡できるとのことです。海外からの入国者は完全に行動を把握され、隔離期間に数メートルでも外に出たら即罰金を取られるそうです。人流抑制を徹底し、ひとたび感染者が出たらその行動範囲を限定し確実に隔離する。反対に、この知人が日本に帰国した際は「自主隔離してください」と求められるだけで、「日本の水際対策ってなに?」という疑問を持ったそうです。

個人の行動を強制的に管理するのは民主的でないという見方もあるでしょう。でも実態はまるで違うようです。国民が政府を信頼し、政府は国民を信頼する。この基本的な関係が台湾には存在し、国民が政府のとる政策に主体的に協力をする、そんな雰囲気に包まれているそうです。つまり、国民が理解と納得をして、行動追跡や隔離政策を受け入れているのです。そんな意味では極めて民主的な危機管理といえるでしょう。

また、台湾当局はコロナ感染状況に関する記者会見を毎日開催し、記者からの質問が終わるまで真摯に対応するそうです。その一つをとっても、日本政府が国民からどうしたら信頼を得られるのか、大いなるヒントがあるのではないでしょうか。

現在の台湾の政権は「ひまわり学生運動」と呼ばれる若者たちの行動が政治への関心を高め、政権交代につながって生まれたものです。つまり「我々が作った政府」という国民感情のもと、政府と国民との間に信頼関係が生まれ、民主的な国家運営が実現できているのだそうです。

そんな台湾におけるコロナ対策において、IT(情報技術)の効果的な利用が功を奏しているのですが、そのけん引役であるデジタル担当相のオードリー・タン氏が世界から注目を集めています。天才的なプログラマーでトランスジェンダー。まさに新しい時代を象徴するような人物です。ひまわり学生運動をきっかけに政治と関わるようになり、35歳で蔡英文政権の閣僚となりました。

台湾のデジタル担当相、オードリー・タン氏

その言動や行動からは「利他の精神」が強くうかがえます。タン氏ほどの才能があれば「IT長者」を目指すのが過去の一般的な流れだと思います。でもタン氏は自らの才能を使って社会に多大な貢献をすることを目指しているようです。例えば、自らプログラミングを行うだけでなく、その社会的な意義を示し、プログラムを公開して、誰でも改良に参加できるように促すのがタン氏のやり方です。

台湾だけでなく、世界でもこの危機を利他の精神によって乗り越えようとする機運が生まれています。米国ではワクチンの特許を開放しようという議論があります。また、いくつもの大学が学生の抱えるローンを免除しようとしています。それに対して日本では、コロナ対策のアプリは、政治とつながりのありそうな企業が受注開発し、巨額の公金を投じながらも成果を上げているとは言い難い状況です。五輪やコロナ対策をみると、選挙目当てであったり、医師会と与党の癒着関係だったり、ワクチンの承認プロセスにみる利権構造だったりと、利己的な力学ばかりが目立つ状態と言わざるを得ません。

ただ、そんな利己主義の醜さを如実に感じてしまう本丸はIOCかもしれません。日本政府に課題はあるにせよ、必死にコロナ対策を行っているのは事実です。半面、世界平和に貢献するはずの五輪ですが、IOCのある理事が「緊急事態宣言中でも五輪開催をすることに問題はない」と言い放ったのには開いた口がふさがりませんでした。IOCは理念を高らかに語っていますが、今回の東京五輪でその正体を世界中にさらしてしまいました。菅義偉首相や小池百合子東京都知事が五輪開催を推し進める姿勢を見せるたびに国民からの信頼が失われるのは、そんなIOCの利己的な姿勢に同調しているとしか思えないからでしょう。利己に同調するのは、自分になんらかのメリットがあるからで、利己の連鎖に国民は敏感です。

7月には東京都議会議員選挙、そして秋には衆院議員選挙が控えています。我が国はいったいどんな9月を迎えているのでしょうか。それに向けて今、どんな行動を起こすべきでしょうか。コロナ禍と東京五輪の存在は、国民と政治との信頼関係の欠如が生む「誰も得をしない状況」や、「自己の利益を優先する人々」をあぶり出してくれています。そんな状況を目の当たりにして、

やさぐれて路上で酒を飲んで、不平不満をまき散らすか

台湾に学び、信頼し信頼される政府を自分たちの手で作るのか

今、目の前にあるのはそんな局面です。

日本は国民主権です。そのことを真に考え、行動する絶好の機会をコロナ禍と五輪が与えてくれています。

記者会見を毎日開く、最後まで真摯に回答する。

五輪じゃなく、ワクチン接種に全集中する。

それだけで、どれだけ日本が変わるでしょう。

脇目もふらず、新型コロナを全集中で抑え込む。医療機関は正常化し、国内スポーツは活性化し、日本経済は復活し、秋には豊かな生活が戻ってくる。五輪中止による損失も、一気に補えるような経済環境を創り出す。

利他精神にあふれたリーダーが、IOC内部にも存在していると僕は信じています。日本オリンピック委員会(JOC)にも勇気を持って発言し続ける理事がいます。そんな意味ではIOCが本来の理念に立ち戻り、東京五輪がポジティブな変化のきっかけになってくれるのではないか、僕はひそかにそんな期待を持っています。

「なぜたった数カ月の五輪開催の延期ができないのか?!」

政府の毅然としたリーダーシップの下、日本全体がそれこそ「ワンチーム」になって大きな声を上げれば、ワクチン接種が進む9月以降の五輪開催も実現可能なんじゃないか。延期も中止もできないと勝手に決めつけてるのは我々自身じゃないか。

五輪はスポンサーのものじゃないです。

絆を取り戻すべきは政府と我々国民です。

未来は来るものではなく作るものです。

五輪をきっかけに利他の精神が日本にも芽生え、日本人と政府に温かい信頼関係が生まれる。そして世界を正しい方向へ導いていく。

どんな9月を迎えているか。

僕はまだまだ明るい未来への希望を胸に抱いています。

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在はドーム代表取締役。アメリカンフットボールを法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。
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