WBC、試される日本野球の「特殊性」 バント多用今なお
野球データアナリスト 岡田友輔

野球の国・地域別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」が3月8日から始まる。大谷翔平(エンゼルス)、ダルビッシュ有(パドレス)ら一流大リーガーも参戦する「侍ジャパン」は史上最強の呼び声高く、合宿地の宮崎は大いに盛り上がっているようだ。新型コロナウイルスの影響で6年ぶりの開催となる今大会、注目したいのが着々と進化を続ける世界のベースボールと日本野球の顔合わせだ。
新型コロナウイルスを挟み、久しぶりに海外に行く日本人の多くは世界的なインフレや円安で一変してしまった物価水準に驚いている。物価上昇は国内でも進んでいるが、そのペースは海外の方がはるかに速い。新型コロナの影響で2年延期された今回のWBCで、日本の選手やファンは似たような現実に直面するかもしれない。
大リーグ中継を頻繁に見ているファンは気付いているかもしれないが、海外の野球は目に見えて進化している。かつての〝常識〟の幾つかは既に妥当ではなくなっている。
投手の変化からみていこう。一般的なファンの多くは日米の配球について「変化球が主体の日本に対し、大リーグは速球主体の力勝負」というイメージを持っていると思う。しかしデータは、こうした認識が過去のものだということを示している。
大リーグのデータサイト「Baseball Savant」によると、22年の大リーグではフォーシームとツーシームを合わせた「速球」の割合が投球全体の48.6%と半分を切った。13年には56.8%だったから、この10年で大きく下がったことが分かる。これはデータ分析によって「速球系は打たれる可能性が高い危険なボール」という認識が広まり、変化球の割合が高まったためだ。
一方、データ分析を手がけるDELTA(東京・豊島)の集計では、22年の日本プロ野球の速球割合は49.8%だった。統計を取り始めた14年の53.2%に比べると低下しているが、米国に比べて下げ幅は小さい。データに基づけば、いまや日本より大リーグの方が変化球を投げているのである。

ストライクゾーンの使い方も変化している。日本では野村克也氏が外角低めを「原点」と呼んだように、ボールを低めに集めるのがセオリーとみなされる。しかし大リーグでは「速球系のボールを武器とする投手が空振りを奪うには、高めのボールが有効」という認識が広がっている。22年、93マイル(約150キロ)以上のフォーシームのうち、高めのストライクゾーンに制球された割合は20.7%。13年の17.2%から3ポイント以上アップした。投手の持ち球や制球力は千差万別だ。投手ごとに最適な球種やコースの使い方を追求する「ピッチデザイン」の発想が背景にある。
日米の野球の象徴的な違いは、送りバントについての考え方だ。大リーグではもともと、日本ほどバントをしないが、その傾向は近年、一段と強まっている。13年、全30球団合計で1383回だった犠打が22年は390回まで減った。ナ・リーグでも指名打者制が導入され、各チームは年間162試合を戦いながら、平均13回しか犠打をしなかった計算になる。一方、22年の日本の犠打数は1210回で1球団当たり100回超。14年の1628回からは減少したが、相変わらず定番の作戦だ。

大リーグが送りバントを使わない理由は至極シンプルである。統計的にみると、犠打は多くの場合、得点を増やすために有効な戦術ではないからだ。日本では無死一塁から送りバントで走者を進めるケースが多々ある。走者が得点圏に進めばチャンスが拡大した印象を与えるが、アウトをひとつ差し出すバントは複数得点の可能性を減らすなど、多くのケースで得点期待値を下げることにつながる。例外的に有効なのは、同点の九回裏の無死二塁や、打者が三振する可能性が極めて高いといった場面に限られる。
投手のレベルが上がり、連打が難しくなっている大リーグでは「バットを強く振って長打を狙うことが得点への近道」というのが〝常識〟だ。三振を恐れずにバットを振り回す海外の野球は日本人には粗削りにみえるかもしれないが、これは考えていないのではなくて、勝利を合理的に追い求めた結果、行き着いたスタイルなのである。
かたや日本では小技重視の傾向が根強く、短期決戦ではとりわけ送りバント信仰が強まる。だが、これはひとつのアウトと進塁の価値をはかりにかけて導き出した結果ではなく、強攻して併殺になるといったリスクを極端に嫌う国民性を反映しているのかもしれない。資産運用の合理性が説かれ、政府がいくら笛を吹いても「投資より貯蓄」のトレンドが簡単には変わらないのと同じことだ。
今回の日本代表が過去最高の布陣であることは確かだろう。だが、3大会ぶりの頂点への道のりは平たんではない。大リーグの投手のレベル向上は鮮明で、一例を挙げれば、速球系の割合が下がっているにもかかわらず、その球速は上昇している。フォーシームとツーシームを合わせた「速球」のうち93マイル以上のボールの割合は13年の41.0%から22年は63.3%に上昇している。変化球の平均球速も上がっており、日本より概して5キロほど速い。

一流大リーガーがそろう中南米に加え、連覇を狙う米国もMVP3回のマイク・トラウト(エンゼルス)を中心に一線級がずらりと並ぶ。WBCは球数制限があり、投手が頻繁に交代する。初見の一流投手を限られた打席で攻略するのは至難の業だし、一発狙いの強力打線を抑え込むのも容易ではない。
海外に行くと、日本では当然と思っていたことがそうではなかったと気付かされることが珍しくない。大リーグを筆頭に、あくなき合理性の追求と絶え間ない変化を続ける海外の潮流を考えたとき、「スモールボール」を標榜する日本は世界でも珍しい野球をしているといえる。どちらがいいとか、優れているということではない。だが、異質の野球と触れ合えばいやが応でも自らの〝常識〟が揺さぶられる。その特殊性と限界に気付くことは、さらなる発展へと道をひらく。
国際大会の楽しみはスターたちのスーパープレーや勝敗にとどまらない。各チームのスタイルや野球観から透けて見える国民性の違いにも目を向ければ、久々のWBCが一段と味わい深くなるはずだ。