大谷、二刀流の将来に励み 米球宴出場のスターも魅了 - 日本経済新聞
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大谷、二刀流の将来に励み 米球宴出場のスターも魅了

スポーツライター 丹羽政善

気温が上がり始め、多くのメディアは、ビルの日陰になった席に集まる。一方で入り口付近の日なたの席はガラガラだったが、出遅れたのでそんな席で、12日正午からの記者会見を待った。大リーグのオールスターゲームで指揮を執る両チーム監督による会見だ。

ざわついたのは、会見開始10分ほど前のこと。会見場は、デンバーのクアーズ・フィールドに隣接したビルの広場で行われ、一般のファンも間近で見られるという趣向。そのファンらが、騒ぎ始めた。

立ち上がって、声のする方向へ行くと、図らずも大リーグ関係者と球団広報に先導された大谷翔平とすれ違う。その大きな背を目で追っていると、そのままステージ裏へと消えていった。

これが何を意味するのか。

この青空会見では、両監督が翌日の先発投手とスタメンを発表することになっていたが、大谷が現れたということは、彼が、ア・リーグの先発投手を務めるということ。そう、ざわついた理由は、そこにもあった。

会見では1番で出場することも発表されたが、ア・リーグの指揮官を務めるケビン・キャッシュ監督が、こんな奇策を口にした。「ルール上、大谷には、2人の選手として出てもらう」

一回表、リードオフマンとして打席に入るのは指名打者・大谷であり、その裏、マウンドに上がるのは投手・大谷。同一人物ではあるが、別。どういうことなのか?

本来、大谷が投手として打席に入る場合、DHを解除しなければならない。しかしそうすると、「投手が打席に入るたびに代打を出したり、ダブルスイッチ(投手交代時に野手も同時に交代させ、投手の打順を入れ替える策)を頻繁にしたりしなければならない」とキャッシュ監督。「自分が混乱しそうなので、リーグにルール変更をお願いした」

大谷以外は、通常のルール。もっとも、それ自体が特例。投打で選ばれたのも史上初なら、起用もまた、前代未聞だった。しかし、リーグ側に異論があろうはずがない。大谷は今回の球宴の顔なのだから。選手らも抵抗を感じていなかった。

両監督、両先発投手の会見に続き、ナ・リーグのオールスター選手の会見が行われた。今年は一人ひとりにテーブルが用意され、メディアが自由に質問をする従来のスタイルが戻ったが、どこへ顔を出しても、だいたい大谷が話題になる。

「今回のオールスターはみんな、大谷を見に来たようなもの」と2020年のサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を取ったシェーン・ビーバー(インディアンス)は笑いながら話し、こう続けた。「今回はケガをしているから、必ずしもここに来る必要はなかった。アリゾナの自宅へ帰ろうかと思ったら、40度を超える予想。ならば、デンバーに来て大谷を見ようと思った」

12日のホームランダービーでは、ケン・グリフィーJr.らが、大谷に歩み寄ってあいさつをしていた。大谷が打席に入ると、ファウルグラウンドにいるオールスター選手らが身を乗り出すようにして見つめ、また、スマートフォンを構えた。

その中には、今回のホームランダービーに出場したトレイ・マンシーニ(オリオールズ)の姿もあった。それ自体、なんの不思議もないが、1回戦を勝ち抜いた彼は本来、2回戦に備え、ベンチ裏の室内ケージで練習をしている時間。終了後、その理由を問われた彼は言っている。「準備をすべきだったのかもしれない。でも、大谷を見逃したくなかったから」

万事、そんな調子なのである。

大谷は惜しくも延長の末、1回戦で敗退したが、終了後に英語、日本語の順で会見が行われると、大谷を待つ米メディアの数が、みるみるうちに膨れ上がり、二重、三重の人垣ができた。オールスターゲーム当日、正午から行われたレッドカーペットでも、大谷に一際大きな声援が飛んだのも当然だった。

さて、オールスターゲームでは大谷に、本塁打や三振といった目に見えて分かりやすい結果は出なかった。初回の1打席目は二ゴロ。三回の2打席目は一ゴロ。しかし初回、初球を振りにいった。あそこにこの日のすべてが集約されていた。大谷は完全に狙っていたのである。

投手としても「今日は全部(三振を)取りにいくつもりでいった」と大谷。見どころは3番のノーラン・アレナド(カージナルス)との対戦。カウント1-2と追い込むと、100.2㍄(約161.3㌔)――この日最速の真っすぐで三振を取りにいった。それはファウルされたが、2-2からの6球目は外角低めのスプリット。最高の球だったが、アレナドがかろうじて当てて、ショートゴロ。

「いいところに投げてもしっかりコンタクトする率も高いですし、やっぱりさすが」。悔しそうではあったものの、「楽しかった」が本音。また、こんな言葉も漏れた。

「ルール自体を変えてもらって、今日も2打席立たせてもらって。そういう柔軟性だったりとかって、なかなか伝統あるこういう場所では難しいと思うんですけれど、そういうふうにしてもらってすごく感謝しています」

話を他のオールスター選手の反応に戻すと、実は、昨季のナ・リーグMVPを獲得しフレディ・フリーマン(ブレーブス)は、多くの記者らを前に「ありえないことが起きている」と言った。「開幕直後のホワイトソックス戦だっけ? 100㍄の球を投げたその裏、打球初速100㍄以上のホームランを打ったのは。あのときは、選手だってテレビのハイライトにくぎ付けになった。本当かって。正直、これまでの長い野球経験を整理しても、理解ができなかった」

こちらがなにか発言を促すというより、むしろ、「聞いてくれ」という感じで、さらにこんな話をした。

「米国にももちろん、高校、大学までなら、二刀流選手はいる。ここにいるオールスターの連中なら、みんなそうだったんじゃないかな。俺だってそうだった。でも、いろんな理由でそれをあきらめる。俺はケガをしたけれど、先が見えない、ということが一番大きい。でもこうやって、大谷がその先にゴールがあることを示してくれた。これで将来、才能のある若い選手が、どっちかに絞らなければいけないと、自分で限界を決めなくてもすむんじゃないだろうか。もう、どちらかに――という考えは、時代遅れかもしれない」

既視感を覚えた。

イチロー(現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)がデビューし、活躍を始めると、体が小さくても大リーグで活躍できる――そんな希望を抱かせた。イチロー自身、04年に年間最多安打を放った際、「こちらに来て強く思うことは、体がでかいことにそんなに意味はない。ある程度のもちろん大きさというのは必要ですけれども、僕は見ての通り大リーグに入ってしまえば一番ちっちゃい部類、日本では中間ぐらいでしたけど、決して大きな体ではない」と話し、続けた。

「でも、大リーグでこの記録を作ることができた。これは日本の子供だけでなく、アメリカの子供もそうですけど、自分自身の可能性をつぶさないでほしい。そういうことは強く思いますね。日本にいたときよりもこちらにきて強く思いますね。あまりにも大きさに対する憧れや強さに対する憧れが大きすぎて、自分の可能性をつぶしている人もたくさんいると思うんですよね。自分自身の持ってる能力を生かすこと、それができればすごく可能性は広がると思います」

オールスターゲームの出番が終わった大谷に、フリーマンの言葉を伝えてみた。米国にそういう見方があること。フリーマンのような選手が、そう話したことは、どんな意味を持つのか。

すると大谷は、「日本時代は否定的な意見ばかりだったので」と振り返り、感慨深げだった。「(フリーマンは)現役のそういうトップのトップですし。そういう選手にそう言ってもらえること自体すごくありがたいですし、励みになるんじゃないかなとは思います」

励みになるのは、大谷だけではなく、将来の大谷の背中をも押すことになるのかもしれない。

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拝啓 ベーブ・ルース様

米大リーグ・エンゼルスで活躍する大谷翔平をテーマに、スポーツライターの丹羽政善さんが彼の挑戦やその意味を伝えるコラムです。

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