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アスリートのメンタル ストレスの耐性、競技力とは別

レース前は心が弱っている(2014年、米コロラド州のレースの前日説明会に出席した筆者=右から2人目)

総距離160㌔㍍を走るトレイルランニングのレースに出るプロスポーツ選手だと自己紹介すると、大抵の人から「それだけ山を走れる根性があれば、どんなことも乗り越えられるのでしょう?」と言われる。ストレス社会に耐えられるメンタルも常人以上だろうと思われがちだけれど、それは全くの誤解というほかない。

確かに競技中は忍耐力があり、この世の地獄とも思える極限の世界を乗り越えてきたという自負はある。ただ、全盛期の私は大きなレースが近づくと精神が衰弱し、朝起きられないことも多々あった。いわゆる鬱状態だ。特に対人的なストレスを強く感じ、苦手な人に会うとなると激しい動悸(どうき)が起きた。ストレスから体調を崩し、心療内科に通院したこともある。今でも自分の行動に自信を持てず、日々悩んでばかりだ。時折、こんなに心が弱い人間が世界の舞台で闘えたのは奇跡だと思う。

さまざまなジャンルのトップアスリートでも同じように悩む人が多いようだ。競技では常人離れした活躍をしていても、心が非常にもろい人に何人も出会った。最近では、テニスの大坂なおみ選手のことも記憶に新しい。

頑丈な肉体のアスリートは心も強い人たちだ、というのは単なる幻想でしかない。どちらかといえばアスリートこそ心を病みがちだ。そこにはいくつか原因があるように思える。

一般的にトップアスリートともなると、そのスポーツカテゴリーの中ではエリートの道を歩む。入試や学校生活なども含め何かと優遇され、注目を浴びながら特別に扱われ、より一層高いプライドが培われる。このプライド意識が邪魔して、人付き合いなどで柔軟に対応できずに自分を苦しめてしまう問題が起こる。

彼らはもちろん、競技での大小の挫折はくぐり抜けているだろう。ただ実際には、人生における真の意味での挫折に遭遇した経験はほとんど無いのではなかろうか。アスリートが本当の挫折を知るのは、現役を退くときということが多い。残念ながら一般社会においては融通がきかず、特別扱いされないことへのいら立ちと葛藤にぶつかり、次の道へとうまく踏み出せないケースが多い。

人付き合いの範囲が、自身と同じ競技に関係した特定の仲間内にとどまるため、思考の視野が狭まり、考え方の多様性を失ってしまう。同じ悩みや喜びを共有できる分、ある種の居心地のよさはあるのも確か。ただ、一般的に勝った負けたを競うスポーツの集団となると勝ち気な人が多く、むき出しの生の感情が飛び交い、精神的にまいってしまう一因ともなりうる。私もこれまでこの種の人間関係に本当に苦労した。

東京五輪も目前に迫った。選手たちの心の内はどうだろう。私が大レースの前、常に念じていたのは「この重圧も含めて経験できるのは自分だけだから、とにかく楽しもう」と、それだけ。不思議なものでこの言葉が唯一、弱った心を前向きにさせてくれた。選手の皆さん、4年に1回のオリンピックで特別な緊張感を経験できるのはあなただけです。結果を考えずにとにかく楽しんでください。

(プロトレイルランナー)

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