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挫折で鍛えた思考力 全柔連科学研究部・石井孝法㊦

日本柔道を科学の力で支える石井孝法は現役時代から考える柔道を貫いてきた=本人提供

日本柔道を「論」で支える石井孝法の素養は幼少のころから育まれた。柔道どころ、福岡県の北九州市で育ち、地元の戸畑道友会の恩師、宮崎博通に施された指導が「今振り返ってもエビデンス(根拠)に裏打ちされたすごい構成だった」。

20年後に全国で一世を風靡した体幹トレーニングの手法を既に取り入れ、小6で身長170センチ、体重80キロ近くあった石井にも、力任せの柔道は教え込まなかった。大型選手が頼りがちな内股、大外刈りに偏っているとみるや、両足で支える体落としをいったん仕込まれた。「当時の映像を見返したら、重量級の悪い癖を徹底して直されていて。常に考える姿勢は鍛えられた」

研究の虫、強豪相手に善戦

全国に知られた存在になり、沖学園中では団体戦で全国大会決勝に。十指に余る高校から誘いを受け、福岡大大濠高に進んだ石井の視線の先には五輪があった。だが、高校入学後、成長が止まった身長が壁になった。体格差に苦しみ学年が上がると成績が落ちていく。鈴木桂治、棟田康幸ら重量級の同期が頭角を現すかたわら高3になると個人の高校総体出場も逃した。「石井は潰れた、とみられていたと思う」

一線に食らいつくよすがとなったのが、ウエートリフティング部に日参して鍛えた「体」と、研究の虫となった「頭」の双方を駆使した柔道だった。2年先輩の井上康生や鈴木の映像は「擦り切れるほど、(世界で)一番見たと思う」。福岡大3年で講道館杯3位になり駒を進めた、地元福岡での全日本選抜体重別。初戦は優勝候補の鈴木が相手だ。故郷に錦を飾る舞台で前夜は「逃げ出したい」ほどの緊張に襲われた。

ただ、血眼になって探した攻略法は噓をつかなかった。「自分の柔道を捨ててでも桂治の柔道をさせない」と組み手を変え、途中まで指導差で上回る攻勢。試合中に徐々に適応し始めた鈴木のセンスに屈して終盤に抑え込まれ、実りはしなかったが、畳を降りた鈴木は周囲に「石井、半端ない」と漏らした。2年後に五輪王者に駆け上がるホープの行く手を阻みかけた善戦だった。

複眼的な視野で「金」に貢献へ

五輪の夢はかなわなかったが、そこで終わらず、現役を続けながら進んだ筑波大大学院で磨いた論理的な思考は今、井上や鈴木が監督、コーチとして率いる日本代表の五輪への道を支えている。「数字だけで語れる部分は一部。現場に落とした時に使えるものを用意して金メダルに貢献したい」。アスリートとしての目線と、感覚に頼らない科学者としての目。複眼的な視野で、重量級、そして日本柔道の覇権奪回を見据えている。=敬称略

(西堀卓司)

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