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大谷が考える勝負の綾 ジャンケンに通じる球種増加

スポーツライター 丹羽政善

3日の試合前にエンゼルスが行ったイベント「ミステリー・グラブ・バッグ」

3日の試合前、米カリフォルニア州アナハイムのエンゼルスタジアム正面入り口の手前で、「ミステリー・グラブ・バッグ」と銘打たれたイベントが行われていた。40㌦を支払えば、もれなくエンゼルスの選手、監督、コーチのサインボールをもらえるが、ボールの入った紙袋を開けるまで、 誰のものかは分からない。よって、ミステリーというわけ。

もちろん、多くのファンのお目当ては〝SHOHEI OHTANI〟であり、多くの人はテーブルの前まで来ると念じるように袋を選び、中にはスタッフの人に「選んで!」とお願いしている人もいた。

長い列は、途絶えることがなかったが、最後尾がようやく見えてきた午後6時前、ついに50歳前後の白人男性が手にした袋の中に、MLB(米大リーグ機構)公式ショップでは449㌦(約4万9千円)で販売されている大谷翔平のサインボールが入っていたよう。

しかし、その人はちらっと見てから家族に耳打ちしただけで、何事もなかったかのように立ち去っていく。後を追って声をかけると、「ここで喜んでしまうと、周りにいる子どもたちをがっかりさせてしまうかもしれない」と話し、周りを気にする素振りを見せながら続けた。

「交換してもいいんだが、ボールは1個しかないから、それも不公平になる。こういうときは、静かにしていたほうがよいと思って」

写真も「注目されたくない」という理由で辞退。お宝を引き当てたら引き当てたで、それを素直に喜べないというのも、今の大谷フィーバーを象徴するようでもある。

それにしても受け取りは午後4時半からだったが、4時すぎには、最後尾が見えないほど長蛇の列ができていた。こういう場合、先に選んだほうがよいのか、後で選んだほうがよいのか――。

正解はなさそうだが、選択肢が多ければ多いに越したことはないのが、投手の球種か。

ボール先行のカウントで投げる球種が増えた大谷。球種の選択肢が多ければ多いに越したことはない=USA TODAY

前回、ボール先行のカウントで大谷の投げる球種が増え、それに伴って不利なカウントでの被打率が下がった、というデータを紹介した(進化した大谷の投球術 ボール先行でも安定、配球に幅)。 

そのアドバンテージについて先日、ようやく本人に聞くことができたが、大谷は「単純にボールが先行していなくても、投げる選択肢が1球増えるだけで大きく違う」と説明した。

「もちろん、誰に投げるかによって、リスクを取るか、取らないかっていうのもあると思いますけど、基本的にどのカウントでもどの球種でも、いつでもどこでも投げられるっていうのが、自信につながる部分ではある」

紛れもなくそこが、今季の進化を象徴する一つ。その自信は別の面でも投球の幅を広げている。

ジョー・マドン監督にも、大谷のボール先行カウントでの球種配分の変化を問うと、「このところ、例えばその日、真っすぐの制球が悪ければ、軸とする球種をカットボールやスライダーに変えて対応している」と話し、そういう投球術を導いたのは、「自信を持ってストライクを投げられる球種が増えたこと」と指摘。「結果、その日の状態に合わせた柔軟なピッチングができるようになった」

まるでベテラン投手のようである。

大谷はまた、「それはバッティングで打席に立っていてもそう」と、投手の選択肢が増えた場合の打者心理についても言及した。

二刀流の大谷なら投手と打者のそれぞれの立場から投球について理解できる=USA TODAY

ボールが先行すれば打者としては本来、有利なカウントではあるけれど、やはり相手が複数の球種を投げてくるとしたら、必ずしもそうではない。投手と打者、それぞれの立場を理解できるのも彼ならではだが、かつて、こんなことがあった。

1968年の大リーグ平均打率は2割3分7厘まで下がり、その年のア・リーグの首位打者を獲得したカール・ヤストレムスキー(レッドソックス)の打率は3割1厘だった。いずれも歴代最低で、12球団が平均打率を下回っている。ワーストはヤンキースの2割1分4厘。当然ながら投手の防御率も下がり、防御率1点台の投手が7人もいて、平均防御率も2.98だった。これは2020年のリーグ平均防御率(4.44)を1点以上も下回る。

するとリーグは翌年には、肩から膝までだったストライクゾーンを脇の下から膝までに縮小。そしてマウンドの高さを15㌅(約38.1㌢)から10㌅に下げた。

結果、69年から打者側の数字が上向いたわけだが、必ずしも打撃低迷の原因が、ストライクゾーンやマウンドだったと証明されたわけではない。それまでもストライクゾーンは同じであり、マウンドの高さも同じだったのだ。他の要因としては松ヤニなど禁止物質の使用がまん延していたことも挙げられているが、68年だけがそうだったわけでもない。

そうした中、古生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールドは「Full House: The Spread of Excellence from Plato to Darwin(邦訳:フルハウス 生命の全容)」という本の中で4割打者が絶滅した理由をたどり、68年の現象については、「その頃からスライダーを投げる投手が増えたことが原因では」と指摘している。

それまで、球種といえば、真っすぐとカーブのみ。もちろん、ボールを傷つけて投げる違反投球(エメリーボール)なども存在し、それらをどう分類するか難しいが、大きく分ければ2球種だった。そこにスライダーが広まったことで野球が変わった、というわけだ。この説はストライクゾーンの広さやマウンドの高さに原因を求めるよりも、信ぴょう性がある。

ただ 過去にそのことをイチロー(マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)に聞くと、こんな見方も示した。

「2つから3つに増えたことも大きんじゃないかな」

これは選択肢が1球種増えるだけでも違う――という投手・大谷の話に通じる。2から3に増えただけでも、影響力は小さくない。ましてや大谷は、ボール先行のカウントで投げる球が1から3へ3倍になった。被打率が下がったのも、当然の結果か。

大谷にも68年についての意見を聞いてみた。スライダーが試合を変えたのか。球種が増えたことが大きかったのか。すると彼は、「それは、どっちもじゃないですかね」と言ってから、こう言葉を継いでいる。

「もちろん、選択肢が増えることによって、ジャンケンの要素ではないですけど、当てずっぽうで振るということがなくなる。でも、単純に見たことがない軌道で曲がるボールがあることによって、分かっていても打てないというケースも増えてくると思う。だから、それはどちらかということではなくて、どちらもということかな」

投手と打者の駆け引きをジャンケンに例えたのは的を射ている。もちろん、それだけですべての説明がつくわけではないが、勝負の綾(あや)はシンプルなようで、実に奥深い。

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