高津監督が示した日本シリーズの「ニューノーマル」

今年の日本シリーズがヤクルトとオリックスの対戦と決まったとき、両チームとも巨人やソフトバンクほどの人気球団とはいえないことから「はたして盛り上がるだろうか」と不安を覚えた。ところが蓋を開けてみたら熱戦の連続で、全6試合のうち1点差が5試合、残る1試合も2点差。ソフトバンクが巨人を4勝0敗で下した2019、20年とは打って変わって白熱のシリーズとなり、ヤクルトが20年ぶりの日本一に輝いた。第1戦をテレビ解説した私は第7戦も解説することになっていたが、7戦目まで見たいと思わせる素晴らしい戦いだった。
初戦打たれたマクガフへの信頼
戦前の予想では山本由伸、宮城大弥の二枚看板を擁するオリックスに分があると考えた人が多かったように思う。山本が先発した第1戦でのオリックスの鮮やかな逆転サヨナラ勝ちは、その思いを強くさせるだけのものがあっただろう。
ただ、ヤクルトとすれば決して失意ばかりが残る敗北ではなかった。山本のフォークボールなどキレのある変化球に必死に食らいついて球数を投げさせ、6回112球での降板に追い込んだ。山本と相対した3打席で適時打を含む2安打を放った中村悠平をはじめヤクルトの打者たちは、球界ナンバーワンの呼び声高い山本といっても恐れるほどではない、との思いを持ったのではないか。
ひるむところが全くないように見えたのは高津臣吾監督も同じだった。3-1の九回に送り出したスコット・マクガフが1死も取れないまま宗佑磨に同点2点打、続く吉田正尚にサヨナラ打を打たれて敗戦投手になったが、シリーズでのマクガフの起用をためらう様子はなかった。高津監督は翌日の第2戦を前に、マクガフに「自分は全く気にしていない。あなたに任せている」と直接声をかけたという。レギュラーシーズンで31セーブを挙げたストッパーへの信頼がいささかも揺らいでいないことをじかに、適切なタイミングで伝える。現役時代に同じポジションを担った高津監督ならではの寄り添う姿勢がマクガフの心の傷を癒やした。

続く第2戦は2-0の九回、先発の高橋奎二を続投させた。既に球数が122に達していたことを思えばマクガフへの継投もあり得たはずだが、スタミナに自信のある高橋の球威に衰えは見られなかった。第3戦以降に救援陣のフル回転が求められるかもしれないことを思えば、温存することで翌日の移動日を含めマクガフに2日間の休養を与えられる。第1戦の挽回のチャンスをすぐにでもあげたくなるところを、この試合に限ってはマクガフを出さない方が得策と考えた高津監督のリアリストぶりが光ったように思う。
全6試合で違う先発投手を起用
第3戦以降は小川泰弘、石川雅規、原樹理が先発し、3勝2敗で迎えた第6戦は高梨裕稔を先発に立てた。第1戦で先発した奥川恭伸を持ってくると思っていたので驚くとともに、別の意味で思い切りの良さを感じた。
かつての日本シリーズは、1959年に南海(現ソフトバンク)の杉浦忠さんが巨人を相手に全4試合に投げてすべて勝利投手になった(第2戦以外は先発。第3戦と、1日空いた第4戦は完投)ケースは別にして、エースが第1戦に先発し、中3日で第4戦、さらに第7戦にも先発することがあった。
だんだんと登板間隔が延び、第1戦で先発した投手は中4日で第5戦、最近では2日間の移動日を含め中6日で第6戦に投げるケースが多い。特に信頼の置ける投手を第1戦と第6戦、第2戦と第7戦と、2度投げさせることが常道となっており、今回のオリックスも初戦に投げた山本が第6戦に先発。もし第7戦があったら、2戦目に投げた宮城がやはり中6日で再び先発マウンドに登っただろう。
高津監督はレギュラーシーズンで奥川を主に中9~11日で使ってきた。一般的な中6日で投げさせるほどには高卒2年目の奥川の体ができあがっていないという判断だったのだろう。これはと見込んだ投手を多少無理させてでもつぎ込んでいくのが短期決戦の戦い方の一つだが、高津監督はそれにはなびかなかった。

その代わりに、高梨を先発に立てた第6戦はブルペン勝負とばかりに救援陣をフル稼働させた。最優秀中継ぎ投手の清水昇に2イニングを投げさせ、今シリーズ5試合目の登板となったマクガフには延長十回途中からの2回1/3を託した。この試合にリリーフ陣の総力を結集させ、仮に第7戦があった場合は高橋と奥川のリレーで長いイニングを賄わせることを考えていたのだろう。ただし、最も短くても中9日で奥川を使ってきた高津監督のこと、はたして第1戦から中7日の第7戦に投げさせたかどうか。たとえ雌雄を決する一戦でも、奥川の体と将来を考えて「最短で中9日」の原則を守ったかも……。シリーズが終わっても興味は尽きない。
日本シリーズの6試合でいずれも別の先発投手が登板したケースというのは記憶にない。オリックスの中嶋聡監督がシーズン中のように山本を中6日で第6戦に投げさせたのと同じく、高津監督もシーズンと同様の戦い方をしたまでなのだろう。レギュラーシーズンではまずない起用法で見る者を驚かせるのが短期決戦の面白いところだが、高津監督はシーズン中と同じ戦い方を貫くことであっといわせた。
どこかにしわ寄せがいってチームを転落の危機に陥れるのでなく、選手たちに負担の差をつけないことで多少の波乱にも皆が「絶対大丈夫」と思えるようにする。エース級をフル回転させる戦い方とは一線を画し、日本シリーズの「ニューノーマル」をつくり上げた点でも球史に残る勝負師の采配だった。
(野球評論家)