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美浦トレセン近くに「競馬の神様」 巡り合わせに驚く

年間参詣者が約50万人に上る大杉神社の正面

誰に言われるともなく神社へ足を運ぶ。日本にはそういう人が今も少なくない。入学試験や就職の面接など、人生を左右するようなイベントを前にしていたり、年が改まって何か願い事があったりするとき、神社に足を運ぶ。信じているという意識はなくとも、日常的に何気なく「神頼み」をしている不思議な面がある。さて、今回は「競馬の神様」を紹介したい。

美浦トレセン近くの大杉神社

中央競馬の競走馬が集まる調教施設、美浦トレーニングセンター(茨城県美浦村)から南東へ約10㌔。国道125号線沿いに「大杉神社」という神社がある。全国に670社ほどある「大杉神社」の総本宮で、この地が霞ケ浦、利根川下流域、印旛沼などを内包する常総内湾に突き出すような形だったことから、古代においては「内海に浮かぶ島」のように思われていて、奈良時代に編さんされた「常陸国風土記」には「安婆嶋」として登場する。

一帯は古くから交易、産物を中心として栄え、大杉神社内に存在したご神木の巨大な杉は、「あんばさま」と呼ばれ、地域住民からあつく信仰されてきた。大杉神社は厄除(やくよ)け、八方除け、星除けを中心として、夢むすび、交通安全など様々な祈願のための年間参詣者は約50万人に上る。神社の境内には、馬の神様をまつった「勝馬神社」と呼ばれる神社もある。今回はこの勝馬神社について、大杉神社の宮司を務める市川久仁守さんにお話を伺った。

1000年以上前にもあった?「美浦トレセン」

「巡り合わせは不思議なものです」――。軽やかで説得力のある声色で、市川宮司は流れるように美浦村の歴史を語り始めた。平安時代、朝廷の権力が強まった時期に、全国の優れた馬たちを宮中へ集めようという動きが広まり、「馬牧(うままき)」と呼ばれる「馬を育成して、より良い馬を選抜する官営の牧場」が全国につくられた。その馬牧の一つが、現在の美浦トレーニングセンター所在地にほど近い美浦村信太(しだ)付近にあったそうだ。

馬牧では、速く走る馬を選ぶ「くらべ馬」や、見栄えの良い馬を選ぶ「品評会」が行われていたとされ、優秀な馬を選抜する「駒ひき」と呼ばれる行事が、信太の馬牧では旧暦の4月上旬に行われていたという。美浦トレセンが存在する1000年以上前に、ほぼ同じ場所に馬を育て、選抜する施設があったとは、なんとも驚きである。

駒ひきで選ばれた優秀な馬は、「信太の馬牧」のプライドをかけて都に運ばれ、1カ月後の旧暦5月前後に、各地から集められた馬たちのトップを決める「くらべ馬」や「馬の品評会」に臨んでいたのだろう。今日の競馬でいえば、「弥生賞」や「スプリングステークス」のようなトライアルが、各馬牧で2月から3月にかけて行われ、選ばれた優秀な馬たちが、「皐月賞」や「ダービー」と同じような時期に、宮中でお披露目されていたことになる。

信太の馬牧には、馬をまつる「馬櫪社(ばれきしゃ)」という神社もあり、その馬櫪社が、信太の近くにあった大杉神社へと移され、勝馬神社としてまつられるようになった。勝馬神社は美浦トレセンから近いため、現在も多くの競馬関係者が足を運んでいる。

馬の神様が宿る木

伐採で一部が馬の頭のような形になった椎の木

この写真をよく見てほしい。木が切られている辺りが何かに見えないだろうか? そう、馬の頭に見えるのだ。これは勝馬神社のすぐ横にそびえ立つ椎(しい)の木である。全国に大きな被害をもたらした2019年秋の台風で、大杉神社も被害を受け、境内の巨木が折れてしまったという。被災後、木を再生させるために伐採をしていく中で、自然とこの形になったそうだ。もちろん意図して伐採したわけでなく、ある日、参拝客から指摘を受けたことで、市川宮司も気づき、大変驚いたそうだ。神様はいるに違いない、と思わせる。

賽銭箱には蹄鉄やマークカードが

勝馬神社には不思議な風習がある。通常の神社でいう賽銭(さいせん)箱に馬の蹄鉄(ていてつ)が数多く、投げ込まれているのだ。市川宮司は「ここに蹄鉄を入れるように、私どもからはお願いしていないのですが、自然と蹄鉄を入れる習慣ができていきました。おそらく、無事に走ってほしいと願う競馬関係者やファンの方が蹄鉄を入れるようになったのでしょう。こんなふうに、誰かに強制されることなく自然と始まる行為こそが、信仰なのでしょうね」と笑顔で語っていた。

馬に関する様々なものがまつられる勝馬神社は、お守りもユニークだ。「立神守」と呼ばれるお守りがある。馬のたてがみが入れられているのが特徴だ。以前は本物のサラブレッドの毛をいれていたという。いかにもご利益がありそうだ。絵馬も特徴的で、本物の馬の蹄鉄がはめ込まれている。

大杉神社のお守り。馬のたてがみが入っている
蹄鉄のついた絵馬

歴史は繰り返す

今回の取材で特に印象に残ったのが「縁、巡り合わせ」という言葉だ。太古の昔、馬をトレーニングして選抜していた牧場が美浦村の信太にあり、牧場が姿を消してから1000年以上を経た今、ほぼ同じ場所に美浦トレセンが存在している。偶然と考えることもできるが、昔の人も「美浦村は耕作には向かないが、馬を育てるには適した場所だ」と知っていたのだろう。人間の考えることは、実は時代が移っても、そうは変わらないのかもしれない。

巡り合わせといえば、大杉神社の神様は疫病退散の神でもある。日本ではかつて、天然痘、コレラ、スペイン風邪といった感染症が流行してきた。流行のたびに、大杉神社には助けを求めるお札が大量に届いたという。神社に残された「お札の記録」を見ると、流行のたびに「3年ぐらい」の間、多くのお札が届いたという。感染症のピークは3年程度だったのではないか。

もちろん当時とは比較にならないほど医療、技術は発展しているが、「歴史は繰り返す」という言葉の通り、今回もその程度の長期戦を覚悟しなくてはならないのかもしれない。逆に言えば、3年程度を乗り切れば、流行も落ち着いてくることを、歴史は教えてくれている。今は、ひとり静かに祈ってみるのもよいかもしれない。

(ラジオNIKKEIアナウンサー 小屋敷彰吾)

各アナウンサーが出演、ラジオNIKKEIの競馬番組はこちらでチェック! http://www.radionikkei.jp/keibaradio2/

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