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大谷、敵をも笑顔にする全人的魅力の可能性

米大リーグはポストシーズンたけなわだが、今季が半ば終わったような気持ちになっているのは、大谷翔平(エンゼルス)の2021年シーズンが終了したからだろう。それほどまでに衝撃的なパフォーマンスを見せた1年だった。

昨季までの日本人大リーガーの年間最多本塁打は松井秀喜の31本(04年)。大谷は今季、それをゆうに上回る46本を放った。本塁打王こそ逃したが、投手をやりながらこれだけの数をマークした価値はいささかも薄れない。打球速度や飛距離でも見る者の度肝を抜き、観客は大谷の本塁打を目撃すればチケット代の元を取った気分だったろう。

今季の大谷は、飛球を打った割合が昨季の約20%から約35%に上がったという。バットを下から上に振るアッパースイングで角度のある打球が増えたことが、本塁打量産の一因に挙げられるだろう。

大谷のスイングは、子どもにとって最高のお手本

アッパースイングには打球が上がる以前に、捕手側の脚を軸としたスイングがしやすいという利点がある。後ろ脚に体重を乗せると上半身が捕手側にやや傾き、体幹をしっかり回すボディースイングが可能になる。ボディーを動かすことでパワーが生まれ、アッパーにバットを振ることで角度が出る。

上から下に振り下ろすダウンスイングだとこうはいかない。振り下ろすということは、前提として投手側の脚にかなり重心が乗る。上体が前に突っ込み、ボディーをうまく回せないので腕だけのスイングになりがち。打球に角度はつかず、力ないゴロが転がるという具合だ。以前、視察で訪れたキューバでも、後ろ脚に体重を乗せたまま回転しろ、という指導がされていた。

私が子どもの頃は「上からたたけ」とダウンスイングを推奨する指導者が圧倒的に多かったが、腕だけのスイングになりがちなことを思えば、正しくない教え方だといわざるを得ない。私は子どもたちに打撃を教える際、アッパースイングで振ることを説いている。「まず下から上に振ろうね」と。大谷のアッパースイングは、子どもたちにとってまさに最高のお手本といえる。

大谷はプレー以外でも模範になる行動で注目を集めてきた。打席に入る際、笑顔で球審と相手捕手にあいさつする。塁に出れば塁審とも言葉を交わし、相手野手とは時にボディータッチを交えてコミュニケーションを取る。試合中であることを忘れさせるかのように、大谷が行く先々で笑顔の輪が広がった。

試合中のベンチなどでごみを拾う姿も印象的だった。自身や同僚が、ごみで足を滑らせてけがをしてはいけない、との思いもあって拾っていたという。

ショーヘイの言動、向こうのジョーシキもかえる

先日、中日の後輩の川上憲伸とユーチューブで対談した。川上も大リーグ時代によくごみを拾っていたそうだが、チームメートから「おまえ、何やってるんだ」と奇異な目で見られたという。大谷がすれば「さすがショーヘイ」と尊敬のまなざしで見られる。圧倒的なプレーや人格など、全てをひっくるめて大谷という人間が持つ魅力のたまものだろう。

川上によると、大リーグでは自身にとってマイナスのコメントを発することは禁物だったそうだ。例えば「あそこで自分が出した四球が良くなかった」と言えば、チームメートたちから「そうだ、おまえの四球が良くなかったんだ」と集中砲火を浴びる。良い面をアピールしないとやっていけないのが大リーグという場所だったという。

ところが今、大谷が「自分が悪かった」と言うと、同僚たちが「いや、そんなことはない」とかばうという。細やかさや謙虚さといった日本人の長所が、大谷によって浸透し、大リーガーの意識や常識を変えていっているのではないだろうか。自分をアピールするだけではない、自分さえ良ければいいわけではない、というメッセージが届いているように感じる。

死球を受けてもカッとならず、ぶつけた投手をかばうように笑顔で「大丈夫」のサインを送る。不利な判定をされて審判に不満を表すこともない。圧巻の剛速球や打球でうならせてきた大谷だが、最も驚かせたのは人間性の部分ではないだろうか。投打同時出場を果たしたオールスター戦などで、他チームの選手たちがこぞって大谷との記念撮影を求めた光景は、敵をもとりこにし、憧れられる存在になったことを表していた。

大人たちにとっても多くの見習うべき点が大谷にはある。一選手の域を超えて米国の文化や人々の価値観を変える力を持つ、全人的な魅力にあふれる大谷。来季はどんな形で我々に感銘をもたらしてくれるのか、今から楽しみでならない。

(野球評論家)

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