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2年越しのドバイ国際競走 国内実況、問われた総合力

ドバイ国際競走の大トリで行われたドバイ・ワールドカップ=ロイター

時計の針を戻すこと1年少々前。フェブラリーステークスの実況を終えた安堵感に浸りながら、筆者は海の向こうに思いをはせていました。「よし、次は来月のドバイ出張だ!」と。2020年に巡ってくるはずだった、ドバイ・ワールドカップデーの現地実況担当という大役。責任感、緊張感はあるにしても、映像でしか見たことがないドバイのメイダン競馬場へ行ける――。ワクワクせずにはいられませんでした。

しかし、新型コロナウイルス感染症の影は競馬界にも忍び寄っていました。フェブラリーステークスの翌週から中央競馬は無観客開催に転換。ドバイ国際競走6日前の3月22日の深夜、開催中止が発表されました。喜々として手配した航空機のチケットは当然キャンセル、作りかけた資料もお蔵入りに。引きずっても仕方ないと分かってはいても、すぐ気持ちを切り替えるのは当時の筆者には無理でした。

それから1年。21年のドバイ・ワールドカップデーは1年遅れて「25周年記念」として行われることになりました。日本馬も6競走に12頭が参戦し、筆者にとっても2年越しで「ドバイの実況」に挑むことに。コロナ禍で現地への渡航は簡単にできる状況ではなく、2月にサウジカップデーの実況を担当した小塚歩アナウンサーと同様、日本国内で国際映像を見ながらの実況となりましたが「今年こそ実況できる!」という気持ちが勝っていたのは確かです。当日、待ち受けていた試練も知らずに……。

資料作りは英語サイトとの格闘

1996年に当時の世界最高賞金レースとして創設され、米国のシガーの圧勝で幕を開けたドバイ・ワールドカップ。今は当日に6つのG1を含む9競走が行われます(第1レースは純潔アラブ限定戦のドバイ・カハイラクラシック)。日本中央競馬会(JRA)の海外馬券発売対象は後半4競走ですが、その前のレースも実況するので、下調べと資料も8レース分必要になります。

骨が折れたのは、日本馬が参戦しないか、参戦しても発売対象にならなかったレースの準備。日本語の資料はなく、英語と格闘しながら作るしかありません。主催者のエミレーツ・レーシング・オーソリティーの公式サイトで戦歴や過去のレース映像も見られますが、それらを自分なりに資料に一頭一頭落とし込んでいく作業はひと苦労でした。小さなマス目の中に各馬のコーナー通過順やラップが記載され、どんなレースをしていたか想像がつく、日本の競馬専門紙の素晴らしさを感じずにはいられませんでした。

苦労の末に作ったゴドルフィンマイルから8レース分の服色表(塗り絵)

もちろん、実況にあたって用意する服と帽子の色をメモした紙(通称・塗り絵)も、国内のレースに比べて作成に時間を要します。レース2日前の木曜日、全競走の枠順が確定してから一気に塗り始めましたが、9競走で優に100頭を超え、普段塗らないパターンの服色も多く、さすがに終わった頃には右手が悲鳴を上げていました。

不慣れなアングルの映像に四苦八苦

迎えたドバイ当日。日本馬の参戦する第2レースのゴドルフィンマイルから本格的な実況でしたが、過去のレースである程度はイメージしていても、日本で見ない独特なアングルの映像に苦労しました。隊列を全体的に映す映像のうちに何とか最後方まで馬を追っていこうと思ったら、数頭残っていた時点で正面からの映像に変わって追い切れず。第3レースのドバイ・ゴールドカップでは、ゴール前で突然、先頭のサブジェクティヴィスト1頭だけが大写しに。見たこともないアングルに。さすがに面食らってしまいました。

最大の難所と考えていたのが第4レース、芝直線1200㍍のG1、アルクオーツスプリント。日本と逆に序盤はコースの内側から引いた視点で馬群を映す形になり、馬群が内と外で完全に2つに分かれる展開に。さらには薄桃地の勝負服に緑の模様が入っていて外側を走っていたエクイラテラルを、実は離れた内柵沿いを走っていた緑の勝負服、アクラムエクスプレスと思い込んでいたのです。

「えっ、取り違えてた……?」と内心で気付いたのは、馬が大きく見えてきた残り200㍍すぎ。「勝ち馬さえ間違えなければいい」と気持ちを切り替え、勝ち馬(エクストラヴァガントキッド)だけに集中して何とかゴールを迎えましたが、今思い出しても肝が冷えるほどです。

UAEダービーが終わると、第6レースからいよいよ馬券発売の対象となるG1が続きます。第1弾のダート1200㍍戦、ドバイ・ゴールデンシャヒーンは、日本から強力な4頭が参戦し、海外ダートG1初制覇が期待されていました。しかし、先手を奪った米国のゼンデンの脚色が衰えず圧巻の逃げ切り。全くの人気薄だっただけに、ゴール直後、驚きつつも手元の資料に視線を落とし、勝者をたたえる言葉を紡いでいた数秒のことでした。

映像に視線を戻すと、なんとゼンデンの馬上に騎手の姿がありません。「何があったの?」と驚いてしまいました。ゴール後に脚部を故障したゼンデンが、つまずいて騎手を振り落とす瞬間を見ていなかったのです。同馬はただちに安楽死という悲劇的な結末。現地にいれば双眼鏡を使って自分の目で探せたはずですが、頼りは映像のみという状況で、なぜ視線を外してしまったのか……と、頭を抱えてしまいました。

ドバイ・ゴールデンシャヒーンの勝利馬ゼンデンに振り落とされた騎手のA・フレス=ロイター

最後まで予期せぬ事態の連続

ドバイ・ターフ、ドバイ・シーマクラシックと日本馬の2着が続き、大トリの第9レースが大一番のドバイ・ワールドカップ。いざゲート入りが始まって話し始めると、騎手を乗せないまま、ゲートを突進して走っていく1頭が……。正面からではどの馬か、すぐに分かりません。

しかし、ゲート前に黄色と水色の元禄模様の勝負服を着た騎手が、足を引きずるように歩く姿がぼんやり見えました。あの勝負服はミリタリーローだととっさに判別できましたが、結局、馬場入場時に放馬したグレイトスコットに続き、2頭目の競走除外に。やきもきしながら発走を待つしかない、再びの想定外の事態に見舞われました。

レースはチュウワウィザードがスタートを決めて、直線もしぶとく伸びるという熱い展開。しかし米国の4歳馬ミスティックガイドが最後は後続を突き放し、初G1制覇のゴール。「あと少しまで来てくれた」といううれしさと、「あと少しだったのに」という惜しさと、「やっと終わる!」という安堵感が、ないまぜになりながらのゴールの瞬間でした。長い1日がようやく終わった午前2時すぎ、我に返ったときには顔に汗がにじんでいました。

ドバイ・ワールドカップを制したミスティックガイド(上)=グリーンチャンネルの映像から

ドバイ国際競走は短距離、長距離、芝、ダート、直線競馬と多様な条件の9つのレースが行われます。普段の中央の実況のとき(原則1日6レース)より数も多く、しかも前半は日没前の明るい時間帯で、最終レースの頃は夜のとばりの下での競馬。そんな長丁場への対応力と、集中力を切らさないタフさも必要。実況アナウンサーとしての「総合力」が問われると感じました。

何とか無事に終えたものの、「総合力」がまだ足りないことを思い知らされました。だからこそ全レースを終えた後、「次こそはメイダンで双眼鏡を持って実況したい」とすぐに思いました。3年前、香港で初めて海外からの現地実況を担当した直後と同じような感情でした。そのためにもまた努力しなくては。不安なく海外へ渡航できる日常が、早くまた戻ってきてくれることを祈りつつ……。

(ラジオNIKKEIアナウンサー 大関隼)

各アナウンサーが出演、ラジオNIKKEIの競馬番組はこちらでチェック! http://www.radionikkei.jp/keibaradio2/

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