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富士の雄姿に支えられ 160キロを完走

4月、大会会長を務めるウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF、レース総距離約160キロメートル)に初めて選手として出場した。

大会創設から10年、新型コロナウイルス禍で直近2年は中止。道中では全てのボランティア、選手にこれまでの感謝を伝えながら走ることをテーマとした。

2000人近い選手の一番最後から走り、タイムは27時間28分2秒で165位。順位はさておき、たくさんの人に感謝の気持ちを伝えられた満足感に浸っている。

はた目にはマイペースに見えたそうだ。実はかなり苦しいレースだった。コロナ禍でも練習を継続していたものの、50歳を過ぎ本格的なレースからは3年近く遠ざかっていた。思った以上に体が動かない。さらに3年ぶりの開催とあって、大会本部から緊急報告がないか、状況次第では自分はレースをやめて駆けつけねば、という不安がつきまとい、内心穏やかではいられなかった。

それでもレース中、口々に「開催してくれてありがとう」と言ってもらえた。「こちらこそ長い間待たせてすみません」。こんなやりとりを数百回は繰り返しながら進んだ後半は、むしろ私が励まされていた。

人生でこれほど話し続けたことがあったかと思うほど多数の人々と言葉を交わした。コロナ禍でリアルな対人コミュニケーションが少なかっただけに「何と幸せな時間だろう」と夢中になって走り続けた。

大会を企画、開催することでトレイルランニングを世の中に広く知らしめる役割を果たせた安堵の一方で、ずっとおき火のようにくすぶる感情が消えなかった。

もしかしたら少なからずの人々の人生を変えてしまったのではないか、という懸念だ。もちろん、やりがいある生活を手に入れ、病気を乗り越えるなどはつらつとした人生を送る人もいる。半面、競技にのめり込むあまりに家族や仕事を犠牲にし、走る環境を求めて職をやめたり、このスポーツに携わる仕事を選択したりした人もいる。

安定した仕事を捨て、この業界に夢を求めた彼らのコロナ禍における苦労を思うと言葉にならない。富士山をめぐる私の大会の発想がなければ、他人の人生に影響を及ぼすこともなかっただろう。今回、彼らと話し、これでよかったのだとやっと心の整理ができた。

レースの3日間は素晴らしい好天に恵まれた。富士山は夕暮れ時は赤く輝き、夜は月明かりに照らされて美しいシルエットを現し、日の出間近には青白く透き通って見えた。160キロの行程のどこにいても富士は雄姿を拝ませてくれた。まさに富士の力に支えられた旅だった。

15年ほど前、飛行機から見た富士山と周囲の山々を眺め抱いたインスピレーションが多くの人を巻きこみ、すてきな波となって広がった不思議な縁。感謝の思いでいっぱいになる。ゴールでは長年開催に心血を注いでくれた仲間を思っていろんな感情が吹き出し、人前にもかかわらず涙があふれて止まらなかった。支えてくれた人々にあらためて感謝したい。

(プロトレイルランナー)

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今日も走ろう(鏑木毅)

プロトレイルランナーの鏑木毅さんのコラムです。ランニングやスポーツを楽しむポイントを経験を交えながら綴っています。

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