白鵬が最後に示したもの 若手は気迫見せろ

14日に初日を迎える大相撲九州場所(福岡国際センター)は横綱白鵬が現役を引退してから最初の本場所となる。2年ぶりの福岡開催の場所を楽しみにしているファンのためにも、白鵬がいなくなって相撲のレベルが落ちたといわれないよう他の力士は奮起しなければならない。そして年寄「間垣」を襲名した本人も、新たな気持ちで親方としてスタートを切ってほしい。
あれだけの実績を残した横綱だけに、引退を決断するまでには様々な思いがあっただろう。見ている側からすると九州場所で相撲を取ってから引退してほしいと思うかもしれないが、これは体力、気力の問題。本人にしかわからない部分だし、膝の負傷を考えれば仕方ない。ただ、最後に出場した名古屋場所であれだけの相撲を見せられてしまうと、まだいけるんじゃないかと思ってしまうのも確かだ。
残念なのは、結局最後も白鵬に誰も勝てず、全勝優勝で強い姿を見せつけられたまま終わってしまったことだ。白鵬自身が語ったように右膝はボロボロで、いっぱいいっぱいの状態で土俵に上がっていたはず。それでも勝てなかった。本来は「強い力士が出てきたな」と白鵬が悟ってやめていくのが望ましい形だが、そうではなかったことを他の力士全員が自覚すべきだ。
名古屋場所千秋楽で照ノ富士との全勝対決を制した相撲は、かち上げや張り手が批判を浴びた。その内容は別として、白鵬が見せたすさまじい気迫は多くの人に伝わったはずだ。最近は勝った、負けたというだけの相撲ばかりで、気迫をぶつけ合うような取組がほとんど見られない。最後の最後で白鵬が示した姿から学ぶべきものは多いのではないか。

入れ替わるように横綱に昇進した照ノ富士がよく頑張っているものの、とにかく最近は若手に元気がない。気持ちだけでも強く持って土俵に上がれば動きも違って見えるはずだが、そんな力士はほとんど見当たらない。勝負に対する貪欲さが感じられるのは、白鵬と同じくモンゴル出身の豊昇龍くらいだろう。
私も昔から白鵬を見ていて、あれだけの強さが長持ちしたのは稽古で準備運動と基礎をしっかりやっていたからだと思う。自分のスタイルでじっくりと汗をかくまでやるから36歳まで横綱を務められたのだろう。周りの力士もそれはよく知っているのに、「じゃあ自分はそれ以上にやってやろう」という者は一人もいない。「やっぱり白鵬はすごいな」で終わり。だからいつまでたっても勝てなかったのだ。
相撲ファンは目が肥えているので、白鵬のいない土俵がどうなるかを注意深く見ているはずだ。特に年1回しかない地方場所のお客さんの目は厳しい。まして今回の九州場所は新型コロナウイルスの影響で2年ぶりの福岡開催だ。相撲を取る姿をしっかり見てもらい、また次も待っているよと言ってもらえる勝負を展開しなければ。見ている方も思わず体が動いてしまうような、気持ちのこもった熱い相撲を期待したい。
そして間垣親方として再出発する白鵬も、気持ちを入れ替えてやっていく必要がある。現役時には言動が物議を醸したり、注意を受けたりすることもあったが、間違いや失敗は誰にでもある。自分自身が経験したからこそ、「だから駄目なんだよ」と若い力士たちに教えていけばいい。

私も引退してから学んだことは多いし、まだまだ知らないこともある。間垣親方は現役時代からよく勉強しているので、部屋での指導にも新しいものを取り入れながらやっていくのだと思う。ただ、それが行き過ぎてしまうと相撲が軽く見られてしまいかねない。力士の限界を見極め、引き上げるための厳しさが必要なのは昔も今も同じ。古き良き伝統は守りつつ、改めるべきは改めていけばいい。
現役時代は自分が主役として引っ張る存在だったが、今後は土俵で奮闘する力士たちを支え、育てていく立場。たとえ前人未到の記録を打ち立てた大横綱だとしても、自分にしかわからないことがあるんだと勘違いしてはいけない。上位で戦う心境はわかっても、序ノ口や序二段から出世できずにいる力士の気持ちが理解できるかというと難しい面もある。そうした部分にも気を配っていくことが求められる。
自分一人では何もできないのが親方の仕事だ。守るべきものをみんなで守り、みんなが良くなっていくために力を合わせ、意見を出し合って物事を進めていく。そこは間垣親方自身もよくわかっているだろう。知名度を生かして大相撲を広めていく役割も含めて、多くの人が期待を寄せている。経験を生かして若手を教育し、相撲界を盛り上げながら頑張ってもらいたい。
(元大関魁皇)