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大谷翔平をお出迎え カウボーイハットに込められた意味

スポーツライター 丹羽政善

今季のエンゼルスでは、ホームランを打った選手がダグアウトでカウボーイハットをかぶって祝福を受ける儀式が恒例となっている。カブスで19年間コンディショニングコーチを務めたティム・バスの発案だ。2015年から19年までカブスで監督を務めたジョー・マドンがエンゼルスの指揮官に就任すると、一緒にエンゼルスに移籍してきた。

肩書きはスタッフアシスタント。コーチとしては一線を退くことになったが、様々な発想がマドン監督に輪をかけてユニークで、カブス時代は仮装したまま指導したことも。練習場にフェラーリで乗りつけたこともあった。道化を演じ、選手を和ませながらチームワークを形成していくのが彼の手法で、マドン監督としては低迷するチームを刺激する役割を期待した。

カウボーイハットも、戦いのシンボルとして位置づけることで結束を図る意味合いがあるのだが、そもそもなぜ、カウボーイハットなのか――。

カリフォルニア州アナハイムのエンゼル・スタジアムから、 西側に真っ直ぐ伸びる1本の道路がある。その通りの名をジーン・オートリーウェイという。

ジーン・オートリーというのは、エンゼルス初代オーナーの名前で、歌手、俳優、テレビ司会者として財を成した人物だ。1960年、西海岸に大リーグの球団が拡張されることが決まると、経営していたラジオ局で新チームのラジオ放映権を取得しようと動いた。しかし、肝心の新チームのオーナーが決まっていなかったことから、球団そのものを所有することに。リーグがオートリー氏に球団保有を勧めたのは、彼の人気にあやかりたい、という思惑があったようだ。その後、所有権の一部を95年にウォルト・ディズニーに売却したオートリーだったが、98年に亡くなるまで筆頭オーナーであり続けた。

エンゼルスのオーナーとしての彼を知らなくても、歌手、俳優としての彼を知っている人ならもう気づいたかもしれないが、彼のニックネームは「歌うカウボーイ」。カウボーイハットは、彼のトレードマークだった。

これでもう、つながりが見えてきたはずだが、彼が亡くなってから4年後の2002年にエンゼルスはワールドシリーズ初制覇を果たす。試合後のセレモニーには、オートリー夫人がカウボーイハットを手に姿を見せた。プレーオフが始まってからカウボーイハットをかぶるようになった主砲のティム・サーモンは、天に向かってカウボーイハットをかかげた。「見ていてくれましたか? あなたのチームが優勝しましたよ」と言わんばかりに。

それがバスの発想の起源であり、ホームランを打ったときにカウボーイハットをかぶるのは、初代オーナーへの敬意と解釈できる。

もちろん、そうした経緯を1994年から2005年までエンゼルスでベンチコーチなどを務めたマドン監督は知り尽くし、4月にカウボーイハットの話題になったとき、「オートリー夫人は、いまでも毎年、クリスマスプレゼントを贈ってくれるんだ」と目を細め、「オートリーは亡くなる前、よくカウボーイハットをかぶって、クラブハウスに顔を見せていた」と思い出を口にした。しかし、選手がそうした事情を知っているかと聞かれると、「知らないだろうな」と苦笑。「彼らは、若すぎる」

実際、 昨季は大谷とともにオールスターに選ばれたジェレッド・ウォルシュに聞くと、「えっ、そうだったの?」という反応。初耳だったようだ。今季、打率、出塁率などで、高い数字を誇るテイラー・ウォードも「そんな歴史があったなんて、知らなかった」と驚きを口にした。大谷も「もっとつけられるように頑張りたいなと思いますし、みんな、つけられるように頑張ると思う。負けないように頑張りたい」と話す程度で、知らないよう。

最初にバスが説明すればいいのだが、彼は、それを好まない。先月14日、大谷がオークランドでメジャー通算100号本塁打を打ったときに、マドン監督がMC・ハマーのサインボールを記念にプレゼントしたときもそう。あれもバスの提案だが、MC・ハマーとアスレチックスの関係を知らなければ、何のことだかわからない。

ラッパー、ダンサーとして1980年代後半から90年代前半にかけて一世を風靡したMC・ハマーは、70年代後半に球場の駐車場で踊っていたところ、当時のアスレチックスのオーナーに声をかけられてバットボーイになった。80年代になると、デビューを目指すM.C.・ハマーをアスレチックスの選手がサポート。レコーディングスタジオの費用などを負担したことで、夢が現実になった。

一連の経緯を知っていれば、もちろん、サインボールは偽物なのだが、「オークランドにならあってもおかしくない」と思い込んでも不思議ではなく、そこにこのいたずらの妙がある。ただ、生まれたときにはもうブームが終焉していたMC・ハマーとアスレチックスのつながりを大谷が知るよしもなく、いたずらは空振りに。

かといって、バスは「いやぁ、実は」と説明するつもりもない。「だって、野暮じゃないか」

今回、カウボーイハットの由来についても改めて彼に話を聞いたが、最初は「選手が勝手に始めたことだ」ととぼけた。カウボーイハットが初代のオーナーのトレードマークであること、20年前、サーモンがワールドシリーズで優勝したとき、天にかかげた歴史も知っていることを伝えて初めて、初代オーナーに対する敬意であることを認めたが、自分が表に出ることには消極的で、苦笑しながら言った。

「『オーナーに敬意を示すためだ』って言って欲しければ、言うけど」

大谷に渡した偽物のM.C.・ハマーのサインボールは、そもそも分かりにくいが、バスとマドン監督は、言われて理解するのではなく、選手に気づいてほしいようだ。そこにどんな意味が込められているのか。解釈は自由。初代オーナーへの敬意という重いものを背負わせるつもりもない。行動も含めて、選手自身に考えさせる。それが2人に貫かれている発想なのだ。

一方で、カウボーイハットに貼るシールについては分かりやすい。1968年にオハイオ州立大のアメリカンフットボール部で始まったのが起源で、モチベーションを高めるため、好プレーをした選手にステッカーが与えられ、それをヘルメットに貼るようになった。基準は様々だが、やがて米大学野球にも広がり、日本の大学フットボール界にも浸透している。

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