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投手・大谷の覚醒 ターニングポイントとなった7月

スポーツライター 丹羽政善

「ピッチングの方は、今年1年、探り探りの部分が多かった。特に前半戦、復帰して何試合かはやっぱり探っている部分のほうが強かったので、もっと自信を持って投げられるよう、1年間通して自分のパフォーマンスができるようにやっていければ、いいシーズンになるかな」

大リーグ・エンゼルスの大谷翔平は2021年を総括し、「投手・大谷」をそう俯瞰(ふかん)した。シーズン序盤は四球を連発し、制球力に関して2度目の先発の自己評価は「0点」。3度目――1072日ぶりの勝利を挙げた試合では「5点」。特に立ち上がりが不安定で、今季44四球のうち、15四球は初回に与えたものだった。

「初回の入りはどのピッチャーもやっぱり難しいところはある。投げ急ぎ、早く終わりたいというか、早く攻撃に移りたいという心理が働くので、毎回落ち着いていけることが大事」

投げ急ぎによって左肩が開き、制球がばらつくケースが目についたが、一方で、「メンタルによってメカニックが崩れるということはあると思うけど、メンタルが(制球力に)直結するということはない」と言い切る。「基本的にピッチャーは自発的な動きが多い。リリースまでどうやってスムーズに動くか」

制球の乱れは、メカニックの乱れ。大谷は試行錯誤を重ね、無駄な動きを省きつつ、再現性を追い求めると、後半に入って一つの形を作り上げた。

「日本にいたときよりボールも滑るので、テークバックを大きく取ってしまうとなかなか制球できなかったりする。テークバックを変える必要もありますし、投球のバランスを早めにタイミング取ってっていう、ピッチングもそういう感じにならないといけない」

小さなテークバックは大リーグではショートアームアクションと呼ばれ、昨年、ナ・リーグのサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を争ったダルビッシュ有(パドレス)とトレバー・バウアー(ドジャース)のテークバックもコンパクトだ。結果として制球が安定し、同時に、慣性モーメントが小さくなるので、肩、肘への負荷が軽減され、故障予防にもなるとされる。そうした修正は、大谷が18年10月にトミー・ジョン手術(靱帯再建手術)を受けた後、リハビリ過程で意識した「ハイコックポジション」の延長線上にある。

このコラムでは何度も触れてきたが、ハイコックポジションとは、踏み出した左足が地面に着地する寸前にボールを持った手が同じ腕の肘の位置よりも上にあること。その場合、体幹の加速に対して腕の加速のタイミングの遅れがないため、肩肘への負担が小さくなり、障害リスクが下がるという。

当時、リハビリを見守ったエンゼルスのミッキー・キャラウェイ元投手コーチも、「その位置にないと、投げるときに上半身が回転を始めた際、腕が遅れてその腕にストレスがかかる」と説明。ショートアームアクションの場合、大谷が口にしたようにタイミングが早めに取れるため、自然にボールを持った手は肘よりも高い位置にくる。制球と故障予防の両立を目指す中で導かれた一つの着地点といえた。

ちなみに7月以降、初回の四球はゼロ。また、四球が減ったことで、球数が減り、長いイニングを投げられるようになった。6月末まで12回先発し、平均投球回数は5回ちょうど。7月以降は11回先発し、同6回1/3。投手としての評価もこれでグンと高まった。

さて7月以降、別の変化も顕著になっている。左打者に対する攻めだ。

6月30日までと7月1日以降に分けて、対左打者の被打率を比較すると、前者は.220。後者は.250。むしろ被打率は上がっているが、前者の出塁率は.327。後者は.268と大きく下がった。実は、ここでも制球の改善が分かりやすい形で現れている。6月30日までの四球数は35。そのうち、20個が対左打者。しかし7月1日以降、左打者に対しては3個(2敬遠除く)しか四球を与えていない。必ずしも四球の数が制球力の高さを示すわけではないが、意識的に配球を変え、それを左打者攻略の足がかりとした。

以下に、左打者に対する月別の配球を整理した。

これを見ると、7月以降はフォーシームの比率が減り、一方でスライダーの配分が徐々に増えていることが分かる。

7月終わり、その点を大谷に確認すると、「シーズン序盤は、スプリットを結構多く投げ、真っすぐとスプリットが一番空振りが取れるので、相手としたら嫌な球種の順位付けかなと思う」と話した上で、こう狙いを明かしている。

「スライダー、カットに関しては、カーブもそうですけど、3番目、4番目の球種なので、相手からしたらそんなにケアする必要のない球。そこを増やすことで、全体のバランス的にも良くなりますし、いつスプリットがくるんだろう、という頭でいるだけで、スライダーも通りやすくなったりとか、真っすぐもカットも空振りを取る確率が高くなったりとか出てくる」

前半、左打者に対しては真っすぐとスプリット中心の配球で抑えてはいたが、2球種だけで後半も通用したのかどうか? 先を見据えれば、さらなる工夫が求められる。そこで考えたのが、〝相手に考えさせる〟配球だった。かつて岩隈久志(現マリナーズ特任コーチ)は、「相手に考えさせたい」と、ピッチングの理想について話したことがあるが、大谷も、左打者にあまり使わなかったスライダーをあえて投げることで、そこへたどり着いた。

もちろん、スライダーを自信持って投げられるようになったからこそ、の変化でもある。「(7月以降、スライダーの)球速が多少上がってきている。それは患部がほぐれ、肘の状態もそれに応じて良くなってきたから」と大谷。「最初のうちは、球速を抑えめじゃないとなかなか制球できない感じではあったので、ここにきていい状態になった」

曲がり幅が大きく、左打者には見極めやすいとされていたスライダーの軌道にも変化を加えた。7月1日以降、左打者に対する横の曲がり幅は、6月30日までに比べて約7センチ小さくなり、縦の変化量も7センチほど減らした。変化が小さくなったことで相手はカットボールとの見極めが困難となり、結果として相乗効果を生んだ。

こうして振り返ると、前半は主にフォームの修正に時間を費やし、7月に入って一つの答えにたどり着いた。さらには課題ともいえた左打者への対応を試み、変化していくさまがうかがえる。

大谷は、1回を投げきれず、2/3を投げて、2安打、4四球、7失点で降板した6月30日のヤンキース戦を「ターニングポイント」と振り返り、改めてシーズン最終日にこう話している。

「やっぱり打たれないと、変えようと思わなかったりとか、感覚が悪くても、抑えられてしまっている状態だと変えづらかったりするので、そういう意味ではいい、変えるきっかけになった」

このとき、「この間のアストロズ戦もそう」と補足したが、その9月10日のアストロズ戦では、4回途中、9安打、6失点で降板。すると、次の先発――19日のアスレチックス戦では、決め球だったスプリットに手を加えた。

そこは次回以降に改めて触れたい。

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