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監督の師匠 ヤクルト・高津監督を導いた「野村ノート」

スポーツライター 浜田昭八

ヤクルトが今年のプロ野球チャンピオンの座につき、高津臣吾監督の見事な手腕がクローズアップされた。1軍監督になって2年目。就任1年目の昨年は最下位だったので、その堅実なチーム作りと硬軟取り混ぜた采配は余計に輝いた。

飛躍の背景になにがあったかを探ると、野村克也元監督の影響という点に行き着く。高津はヤクルトで計15年投げたが、入団から8年間は野村監督のもとで鍛えられた。先発から救援に転向、クローザーに抜てきされて開花した。野村監督が得意とした「適材適所」の起用を、身をもって体験したのだ。

1970年に南海の捕手兼任監督になった野村は、南海監督を解任されたあとロッテ、西武で現役を続けるなどの苦労を重ね、その後ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めた。高津が大リーグに挑戦し、韓国、台湾や日本国内の独立リーグで投げ続けたのも、苦労を将来の飛躍への「こやし」にした野村の生き方に影響されたと見られる。

野村のもとでプレーし、のちに監督になった人物は、高津のほかにも数多い。ひところは、V9巨人で川上哲治監督の配下だった選手が、各球団に散らばって監督を務めた。長嶋茂雄、王貞治、森祇晶をはじめ、当時の主力はほとんどが監督になり、川上の影響を球界に残している。

そこまでには達していないが、野村の薫陶を受けた「弟子」が監督になった例は実に多い。ざっと見渡しただけでも、南海・杉浦忠、広瀬叔功、ヤクルト・古田敦也、若松勉、阪神・岡田彰布、和田豊、楽天・平石洋介ら。頻繁かつ長時間のミーティングでたっぷりと「野村の考え」をたたき込まれ、それをノートに書き残した。自分が監督になると、この「野村ノート」がミーティングの教材になった。高津もそれを実行し、ネタ元を明らかにした。

野村ノートの基本は「考える」だった。闘志を前面に出して戦うのを主眼にした時代と違い、戦う前の準備をしつかりしておかねばならない。自分の考えを固めておくのはもちろんのこと、相手がなにを考えているかも推察しなければならないと説かれた。面倒なことだが、高津の軍勢はそれを忠実にこなすようになった。

輝かしい成果の一例に、日本シリーズでの守備が挙げられる。遊撃・西浦直亨を筆頭に、好守でオリックス勢の痛打を何本もつかみ取った。ポジショニングがよかったからだ。打者はオリックス投手陣の好投に苦しみながらも、辛抱強くボールを選んだ。オリックスが誇る左右の両輪、山本由伸、宮城大弥もしつこい待球に苦しみ、消耗した。「果敢にバットを振るだけが打撃ではない。相手バッテリーが今、どう考えているかを読まねばならない」を、野村の孫弟子たちは実行した。

野村に心酔したからといって、弟子たちがすべてを受け入れたわけではない。時代とともに野球は変化している。配下の選手も毎年変わる。野村流をアレンジして、「自分流」を打ち立てなければならない。時には師匠を反面教師に仕立てるケースもある。高津は野村に最大の敬意を払いながらも、受け入れられないものは敢然と排除した。

野村は本人も認めた通りの「捕手型人間」。常に最悪の場合を想定して準備をする。高津は準備するが、いつも「絶対大丈夫」を口にして、選手を鼓舞する。師匠はヤクルトで一時期、長嶋一茂、笘篠賢治らを冷たく扱ったことがあった。「お灸(きゅう)」をすえる意味があったが、高津はこの方法をとらない。

外国人選手の扱いにも違いが見受けられる。阪神での野村は投手ダレル・メイに厳しく当たり過ぎて抵抗された。巨人へ移籍し、よみがえった同投手に手痛い仕返しを食った。高津は日本シリーズ第1戦で抑えに失敗、逆転サヨナラ負けを喫したスコット・マクガフを第3戦から4戦連続で抑えに起用。揺るがぬ信頼感を示して、とうとう胴上げ投手にした。ホセ・オスナ、ドミンゴ・サンタナの両打者が活躍したのも、国際派高津が外国人を特別扱いせず、公平に接したからだろう。

師匠は決して外国人嫌いではない。南海時代には元僚友のドン・ブレイザーをヘッドコーチに迎えて、新知識を吸収した。野村ノートのネタはブレイザー発が多い。

さて、来季の高津監督。どんな謙虚な人物でも勝つと自信がつき、チーム作りに自分色を出したくなるものだ。急ぎ過ぎる改革は成功しない。コーチ陣が手直しされるようだが、師匠が重用したブレイザーのような人物を参謀にできるかどうかが、さらなる飛躍へつながるのではないか。(敬称略)

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