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土俵の安全、まず基礎の徹底から

9日に初日を迎える大相撲夏場所(両国国技館)を前に、非常に悲しいことが起きてしまった。春場所の取組で負傷していた三段目力士の響龍(本名・天野光稀)が4月28日に亡くなった。土俵で起きたことと死因の直接の関係はわからないものの、28歳の若者の死を重く受け止めなければならないし、土俵の安全を守っていくためにやるべきことがある。

土俵に絡んだ負傷・事故 重く受け止めるべき

春場所13日目の3月26日、すくい投げを打たれた響龍は土俵に顔から落ちた。そこが俵の部分でなければ負荷のかかり方も違ったのだろうが、首から下が動かなくなり救急搬送されて約1カ月入院していたという。この負傷の場面に関しては、誰にもどうしようもできなかったと思う。

互いに3勝3敗で迎えた一番で、勝ち越しを目指して必死に踏ん張ったからこそああいう形になってしまった面もある。最後まで諦めずに粘った力士にはよく頑張ったと褒めるところだが、それもけがなく土俵を下りるのが大前提だ。遺族の心境を考えると何とも言いようがなく、いたたまれない気持ちになる。

角界には「顔から落ちろ」という指導がある。投げの打ち合いなどで土俵に落ちる際に手をつくなという意味で、今回の件を受けて是非を問う声もあると聞く。そこには少し誤解があるようだ。これは勝負に勝つために土俵に体がつくのを一瞬でも遅らせろということではない。相手に投げられて勢いがついた状態で手をつくと、骨折や脱臼の危険性がある。だから手をつくのではなく、受け身のために体を丸くして転がりなさいというのが本来の教えだ。

柔道などでも、初心者は受け身の取り方から学ぶのが基本。相撲もぶつかり稽古では最後にすり足をして相手に転がしてもらい、けがをしない受け身を覚える。相撲教習所でも、投げられてもう駄目だと思ったら体を丸くして転ぶ癖をつけるよう指導している。それができていれば、後ろに転がされたときも顎を引くから後頭部をぶつけることもない。自然と体が動くように普段から習慣づけておくことが大切だ。基本的な稽古を日ごろからしっかりやらなければいけないという理由はそこにある。

土俵の高さが危険だといわれることもあるが、これも体を丸めて受け身をとれば意外にスタッと立てるもので、土俵下に落ちてケガをするケースはあまりない。逆に真っ平らなところで投げられる方が怖いという人もいるくらいだ。私自身も吹っ飛ばされたり、もつれて下に転げ落ちたりしたときに体を痛めた経験はない。これについては相撲経験の有無や、ちゃんと稽古をしているかどうかで感覚に差があるのだろう。

地味でも、基本の稽古が自分の身を守る

どんな世界でも基本動作というのは地味でしんどく、面倒くさいと思われがちだ。それでも四股やぶつかり稽古などの基礎運動はよく考えてつくられたものだと実感する。それを繰り返すことでけがを予防でき、体も鍛えられて相撲も強くなる。自分の身を守り、家族に心配を掛けないためにも必要なことで、だから私も普段の稽古から同じことを口酸っぱく言い続けている。

最近は関取の稽古でも、背中が泥だらけになっている力士をなかなか見ない。転がって受け身をとる反復をしていない証拠だ。いくら相撲が強くなったとしても基礎を怠っていると故障につながる。どんなに立派な建物でも土台や基礎がしっかりしていなければ崩れやすいものだ。

ただ残念ながら、どんなに気をつけていても事故を完全に防げるという保証はない。厳しい指導で知られる境川部屋に所属する響龍ですら今回のようなケースが起きてしまった。相撲に限らずボクシングや柔道、レスリングでも不慮の事故は時々ある。少しでもリスクを減らすために力士たちは萎縮するのではなく、あらためて稽古のやり方を見つめ直して体を鍛え、基本の徹底に努めるほかないだろう。

医師の常駐など対策は急務

そして日本相撲協会としても二度とこのようなことが起きないよう、対策を即座に講じる必要がある。最近は取組中に脳振盪(しんとう)を起こす力士も目立つ。7日には親方衆や医師が集まって応急処置対応の講習会も開くが、土俵のそばに医師に常駐してもらうという提案は審判部で以前から出ていた。指示が出せる専門家が近くにいれば防げる事故もあるはずだ。

相撲の伝統が大切なのはもちろんだが、安全を守るためには昔からの慣習にこだわるべきではない。何よりも優先されるのは人の命だ。想定外のことが起こり得るという前提に立って、何があっても迅速に判断できる体制を整えることは急務だろう。

(元大関魁皇)

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