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西田崇コーチが語る、北京五輪・スノボ勢活躍の舞台裏

スポーツライター 丹羽政善

「今はもう、スノボといわれることに抵抗ないっすね。うん、今の子は。そんな話すら、久しぶり」

スノーボード界も変わった。現在、スノーボードのナショナルチームで、男子のスロープスタイル、ビッグエアのテクニカルコーチを務める西田崇氏に筆者が初めて会ったのは、1990年代半ばのこと。米オレゴン州マウントフッドで行われていたサマーキャンプだった。当時、プロのライダーが、スノーボードのことを「スノボ」と呼ぶことはなく、そう呼ばれることも好まなかった。

スノボはレクリエーション、スノーボードはライフスタイル。明確に線が引かれていたのである。

「選手ぐらいの子は、スノボじゃなくて、スノーボードっていうかな」とも話したが、「気にしてないかも、言われても。今となっては」

写真もそう。かつて、ハーフパイプでもビッグエアでも、リップやキッカーが写っていない写真は、撮る人がスノーボードを分かっていないとみなされた。高さが分からなければ、その写真には価値がなかった。

「それも気にしないかも。ビデオを撮ってて、フレームアウトすると、『ちゃんとしてください』って怒られますけど(笑)」

そんな雑談もしつつ、中国から戻り、地元・山形で待機生活を送っていた西田コーチに、北京五輪で金メダル1つ、銅メダル2つを獲得したスノーボードに関する様々な話題——平野歩夢(TOKIOインカラミ)の2本目のジャッジ、岩渕麗楽(バートン)がビッグエアでトライしたトリプルアンダーリップなどについて、その舞台裏を尋ねた。

村瀬心椛
スロープスタイルで予選2位通過も決勝は10位。何があったのか?

西田コーチは、現在17歳の村瀬心椛(ムラサキスポーツ)が13歳で参加したニュージーランド合宿のときから指導してきた。今回、男子と女子ではチームが異なるので、直接的に関わることはなかったようだが、10位に終わった事情をこう振り返った。

「公開練習で、チャイナハットという屋根みたいなところで失敗したときに、顔から落ちて鼻血を出したんですよ。『けっこう、食らったわ』と思ったんですけど、鼻血を止めたり、治療をしたりしていて、(上に)戻ってくるまで時間がかかった。その後、練習時間がもう残り5分しかなくて、1本しか飛べなかった」

結果的に、最後に飛ぶ予定だった「バック12(バックサイド〈BS〉=横3回転半)を練習する時間が削られ、スピード調整とかも、合わせる時間がなかった」という。

村瀬自身、決勝が終わってから「2本目は飛びすぎて失敗したので、ジャンプ台に入る前のスピードを落とそうと思ったら、3回目は距離が出ず届かなかった」と話したが、公開練習でのアクシデントによって感覚のすり合わせができず、ぶっつけ本番となった。

「バック12のときって回転に力がいるので、自動的に踏み込んじゃうんですよね、特に心椛の場合は。飛びすぎて回転が余ったっていうのが、(2本目に)転んだ原因でした」

しかし村瀬は、ビッグエアで銅メダルを獲得。客席から見ていた西田コーチは、ファイナルが終わってからゴールエリアで彼女に駆け寄り、スロープスタイルの雪辱を果たした教え子をたたえた。

鬼塚雅
なぜビッグエア1本目から勝負をかけたのか?

ビッグエアは3本飛び、そのうち2本の合計で順位が決まる。多くのトップライダーは1本目を手堅くまとめ、70〜80点を確保。2、3本目に勝負をかけるという作戦をとったが、鬼塚雅(星野リゾート)は決勝の1本目からキャブダブルコーク1260(スウィッチスタンスから斜め軸の縦2回転、横3回転半)にトライした。

成功すれば一気に有利になるが、失敗すればあとがなくなる。鬼塚を16歳から6年にわたって見てきた西田コーチには、あの判断がどう映ったのか?

「雅は、メダルを狙いにいっていましたね。キャブ12を決めて、2本目、3本目にフロント10(フロントサイド〈FS〉1080=横3回転)を、余裕を持って狙いにいくというパターンだった」

ただ、不安があったという。「公開練習で同じことやってるんですよ。キャブ12でスピードが足らなくて、逆エッジみたいな。公開練習の感じでは無理だと思った」。とはいえ、「もしかしたら」と、彼女のここ一番の集中力を信じた。「1本目に12で立ったら、でかいんですよ」

有利に立つだけでなく、他の選手にプレッシャーもかけられる。西田コーチは、客席から祈るような気持ちで見つめていたが、残念ながら、悪い方の予感が的中した。

ちなみに3本のルーティンをどう構成するのか。コーチからアドバイスはしないのか?

「女子は女子のコーチと一緒にやってきたのもあるんで、あんまりここで口出して、やりたいのがキャブ12で、自分が10から入ればって、余計なこと言って悩ませるのも違う」

悔いのないように――。それだけを願った。その点では、「雅は、やりたいトリックをやりきった」と西田コーチは、拍手を送った。

ちなみにビッグエアで優勝したアナ・ガサー(オーストリア)は、3本目にキャブダブルコーク1260を決めて逆転優勝。今回、キャブダブルコーク1260を決めた選手が勝つ――という読みは、図らずも証明された。

なお、女子チームでは、芳家里菜(STANCER)がスロープスタイルの公開練習で脊椎損傷の大けがをした。西田コーチは帰国する朝、13階の部屋から外を見ていると、手術を終えて選手村に戻ってきた芳家が乗った車椅子を鬼塚が押し、選手村を案内している様子を見かけたそうだ。

岩渕麗楽
トリプルアンダーリップに挑んだワケ

岩渕はビッグエアの3本目に、女子では初めてというトリプルアンダーリップ(縦3回転)を試みた。惜しくも着地で失敗したが、下まで降りてくると、各国の選手が駆け寄り、その勇気をたたえた。

ただ、実のところ、「麗楽がトリプルアンダーリップを山でトライしたのは初めてだった」と西田コーチは明かす。「エアバッグとかではやってたんですけど」

では、なぜ決勝の3本目で、そういう決断をしたのか。

「前の日のダブル10(BSダブルコーク1080=斜め軸の縦2回転、横3回転)のときに、雪の面に受け身をめっちゃ強く取ったんですよ。それで左手の甲を痛めて、医者の先生とレントゲンを撮りにいったら、『折れてました』みたいな感じになって……。めっちゃ痛いって言っていました」

岩渕が、左手小指の中手骨を骨折していたことはすでに報じられているが、結果としてはそれが、決意を促した。

「終わってから『バック12(BS1260=横3回転半)でよかったんじゃね? そのほうが簡単じゃね?』って伝えたら、麗楽もそう思ったって言ってました。でも、バック12のときにボードの後ろ側を左手でつかむんですけど、そのときに手が痛くてつかめないってなって。つかんで、ぐっと絞らないと回せないんですよね。でも、左手でグラブできないんで回せない。となると、一択しかなかった」

あのトリプルアンダーリップには、そうした裏があった。「決まっていたら、97点は出ていたかも」

ケガの功名とはならなかったが、鬼塚といい、紙一重の戦いだった。

平野歩夢
採点に異論が噴出した2本目、ジャッジの判断は?

オリンピックを中継した米NBCテレビで、スノーボードの解説を務めていたのは、西田コーチと同世代で、1998年の長野五輪ではともにハーフパイプに出場したトッド・リチャーズさん。彼は平野の2本目の点数を見て激怒した。

「91.75? はぁ? 間違いじゃないのか?」

興奮して何を言い出すか分からないと判断したのか、NBCテレビはコマーシャルに切り替えた。しかし、CMが明けても「俺は、長く、長くこの世界にいて、多くを見てきた。教えてくれ、どこが減点だったんだ?」と怒りが収まらない。すると、またCMへ。ただ、次のCM明けでも、「アメリカの評価は89点? 80点台? あれが? ハーフパイプ史上、もっとも難度の高いトリックを決めたのに? これほどハーフパイプのジャッジで疑問を持ったことがない!」とまくし立てた。

金メダルを取った翌日の記者会見で平野は、「僕以上に怒っている人もいた」と話したが、彼にはそんな声も届いていたのかもしれない。

では、果たして、あの採点は適正だったのか? 西田コーチは普段からジャッジと交流し、採点基準を確認しているという。

「ジャッジって同年代なんですよ。オリンピックのときはなかったけど、いつも、(大会が)終わったらパーティーとかで一緒にビールを飲んだりするんで、分からないことは、『これどうだ?』ってジャッジに聞いたりしています」

平野の2本目についても当然、なぜそういう採点になったのかを探った。

「日本のジャッジとも話をしたんですけど、ヨーロッパとかアメリカのジャッジは、(2本目の得点が平野を上回った)スコット・ジェームズ(オーストラリア)がスウィッチBS12(逆スタンスから背中側に3回転半)から入っていて、回転方向もいろんなバリエーションがあったことを評価したとのことでした。より、難しいと」

スノーボードの回転方向には4つある。通常のスタンスからのフロントサイドスピンとバックサイドスピン。逆スタンスからのフロントサイドスピンとバックサイドスピン。

ジェームズはルーティンの中に4方向すべての回転を入れ、ファーストヒットで、もっとも難度が高いとされるスウィッチBSから3回転半を回った。一方で平野のルーティンには、スウィッチBSがなかった。低評価をしたジャッジはそこを減点要素とした。

しかしながら日本のジャッジは、「それを超えて、トリプルコーク(トリプルコーク1440=斜め軸の縦3回転、横4回転)のレベル、リスクの高さは、バック12の方向違いのバリエーションよりも上と判断した」と話していたという。

西田コーチも、「絶対、トリプルコークの方がすごい」と強調。「スウィッチバックより。みんな(4方向がすごいということに)とらわれているけど」。同じ日本人だから、というバイアスがかかることは否定できないが、前出のリチャーズさんも同様の意見で、西田コーチは現場でも、他国のコーチらから、「あれは、ジャッジミスだ」と言われたそうだ。

平野は結局、3本目は2本目と同じルーティンで、さらに高さ、精度を上げて優勝したが、2本目でトップに立っていたら、3本目にどんなトリックを狙っていたのか。

西田コーチは「パイプコーチの村上大輔に聞いた感じでは、最後のフロントダブル14(FSダブルコーク1440=軸をずらしながら縦2回転、横4回転)を、16(横4回転半)でやる予定だったみたいです」と教えてくれた。

「16もむちゃくちゃ練習してきたんで。でも、2本目で2位だったから、同じルーティンでもう1回勝負したっていうのはあったみたいですけど、16を見たかったなぁ、という話は(村上コーチに)しました」

ちなみに採点に関して平野は、「高さ、グラブ、そういうものを測れる何かを整えていくべきだと思う」と持論を述べ、「ジャッジの評価もそういう意味では、ちゃんとしていない。選手が最大のリスクを抱えてやっているものに対して、しっかり評価してジャッジすべきだと思う」と指摘した。

それは、スノーボードという競技に、できれば持ち込みたくない一種のルールを定めることでもあり、そこに彼も抵抗がないわけではないようだが、西田コーチも、「これがいいっていう、ジャッジングのシステムが決まってない」と、その必要性を認めた。

無論、そうなれば今度は、採点基準に合わせた滑りが求められ、「それは、本来のスノーボードではない」と西田コーチは言うものの、「ウチラも結局、採点方法に合わせてスピンを変えていかないと、ダメな感じになってる。変えないと勝てない」と、すでに見えない縛りがあることを認めた。

ハーフパイプの場合、5〜6回飛んで、3回は異なる回転方向のトリックを飛ぶことになっている。残りの2〜3回は自由だが、4方向を入れなければ勝てないのだとしたら、必然、自由に飛べるのは1~2本とより制限が生まれる。

「正解がない」

西田コーチは、ジレンマを隠さなかったが、北京五輪ではハーフパイプ以外でも採点への疑問が多く、今後、基準を見直すきっかけとなっていくのかもしれない。

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