「実況のうまい騎手」石堂響 ホッカイドウ競馬が転機に

2022年は重賞がある度に園田競馬場(兵庫県尼崎市)に取材で足を運んだ。もともとは交流重賞だけを取材する予定だったが、それだけでは上っ面だけの取材になるように思えて、園田を少しでも理解できるよう、極力、重賞にも足を運ぶよう努めた。会社で最初に携わった競馬の仕事も同じ地方競馬の東京・大井の中継だったので、自分の中では「原点」に戻ったような気がしている。
とはいうものの外様の身。日刊紙、専門紙の方々の助けを借りながら七転八倒しつつ取材を続けていると、ある日一人の騎手が声をかけてくれた。石堂響騎手だ。1999年6月生まれでデビューは18年4月。一部のコアなファンの間では「実況のうまい騎手」として知られている。彼は「実況アナ」である筆者のことを知っていたのだ。それを契機に少しずつ言葉を交わすようになり、彼に興味を持ち、本稿で扱わせてもらうことになった。
石堂騎手は18年、関西の超有名番組「探偵!ナイトスクープ」に「人生決めた10円駄菓子のおまけ」というタイトルで出演した。少年時代に駄菓子屋で買った占いカードに「君はいつか騎手になるかも……」と書かれていて、それがきっかけで騎手になったという話だった。石堂少年は当時競馬好きの母方の祖父の影響で既に競馬好きで、占いカードは騎手になるための「お守り」のようなものとして、長く手元に置いていた。
物心つく頃から祖父の影響で競馬好きだった母と、京都競馬場に何度も足を運んでおり、騎手になるために、小学5年から中学3年までは京都競馬場に隣接する乗馬センターにも通い、乗馬の基本を学んだ。惜しくも中央の競馬学校入学はかなわなかったが、地方競馬教養センター(栃木県那須塩原市)に入って騎手を目指した。多くの騎手の方々が振り返る通り、教養センターは中学卒業間もない少年には厳しい環境だった。しかし、騎手になるという固い決意は揺るがず、2年間の騎手課程を修了後、教養センター時代の先輩の縁もあって兵庫県競馬組合に所属することになった。
18年4月17日のデビュー当日、園田の第4レースで初勝利を飾る順風満帆のスタートを切った。1年目は44勝をあげて当時の兵庫県競馬の新人最多勝記録を更新。2年目も40勝をあげたが、3年目から成績は徐々に下降線をたどった。石堂騎手は「減量が無くなったことが大きかったですね。同時に自分はスタートダッシュはいいのですが、そこから極めていくことがなかなか、うまくいかないタイプなんです」と振り返った。これは筆者にとっても耳の痛い言葉だった。

もう一つ、成績が低迷していた時の心境を「やらなければならないことは、やっていましたが、言い方は悪いのですが、腐っていました」と正直に打ち明けてくれた。苦境を脱するきっかけは、22年夏のホッカイドウ競馬での期間限定騎乗だった。同期の落合玄太騎手、田中淳司調教師の誘いで6月28日から9月29日まで、3カ月乗ることになった。大きな出来事は初日にいきなり起きた。重賞初制覇である。2歳馬限定の第47回栄冠賞をコルドゥアン(牡2、米川昇厩舎)で優勝したのだ。騎乗予定だった騎手が体調不良のため回ってきたチャンスをものにした。しかも14頭中最低人気。
石堂騎手は当時を振り返って「物見をしたり、難しいところがある馬だったので、後ろでじっくり構えて直線どれだけ伸びるかという競馬をしました。馬の難しさには細心の注意を払いましたが、人気面でのプレッシャーはありませんでした。追い込んでゴール前は大接戦で、勝ったかどうかはわかりませんでしたが、検量室前で職員の方が1着馬が入る所に誘導してくれて初めて勝ったとわかりました」と振り返った。それまで園田の重賞では結果を出したことが無かったので喜びもひとしおで、一歩前に踏み出した気持ちになったとのことだった。
また、ホッカイドウ競馬という新たな環境も石堂騎手には大きな経験となった。広いコース、園田で乗る機会の少ない2歳馬に多く騎乗できた点が新鮮だった。環境の変化は競馬に対する考え方も新たにしてくれた。まだ競馬を十分にわかっていない2歳馬とレースをすることで、園田に戻り、実戦を重ねて競馬を理解している古馬に騎乗する際は、気持ちに余裕をもって接することができるようになったことも大きかった。同時に競馬自体に対する考え方、姿勢も北の地での3カ月で大きく変わったという。いい経験をしたからこそ、23年は数字の上でもしっかり結果を出したいと決意を新たにしている。

さて、石堂騎手といえばレース実況である。昔からレース実況が好きで、教養センター時代にも仲間内で披露していたという。デビュー後の18年、ジュールポレールが優勝した中央のGⅠ、ヴィクトリアマイルのレースを実況している映像を、園田の懇意にしていた厩務員の方がSNS(交流サイト)にアップしたことがきっかけとなって一気に認知度が高まり、イベントなどにも度々呼ばれるようになった。興味のある方はぜひお聞きになることをお勧めする。ちなみに今後は、GⅠの本馬場入場時に我々もやっている、一言を添えた各馬の紹介をやってみたいという。
しゃべりでも注目を集めた石堂騎手だが、昨年のホッカイドウ競馬参戦で、本業でも明らかに一皮むけたのではないか。今年の兵庫の若手注目株としてぜひご注目いただきたい。本業で輝けば自慢の「しゃべり」もきっとさえを増すはずである。
(ラジオNIKKEIアナウンサー 檜川彰人)