ついに引退 パッキャオが紡いだ究極のヒーロー物語 - 日本経済新聞
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ついに引退 パッキャオが紡いだ究極のヒーロー物語

スポーツライター 杉浦大介

時代の終わり――。スポーツ界では使い古された表現も、今回ばかりは適切だろう。9月29日、ボクシングの6階級制覇王者マニー・パッキャオ(フィリピン)がSNS(交流サイト)上で正式に現役引退を表明した。

「偉大なファンと最高のスポーツへ、ありがとう。素晴らしい思い出をありがとう。これまでで最も難しい決断でしたが、今は穏やかな気持ちです。夢を追いかけ、努力すれば、何かが起こるもの。さようなら、ボクシング」

42歳になったパッキャオがこうしてリングを離れることは、すでに予想されていたことではあった。8月21日、ラスベガスで行われた世界ボクシング協会(WBA)ウエルター級タイトルマッチで、同級スーパー王者のヨルデニス・ウガス(キューバ)に0-3の判定負け。その後、フィリピンの上院議員も務める英雄は、来年5月の大統領選挙への出馬を表明していた。選挙戦を考えればボクサー活動は現実的に難しいだけに、必然の流れに思えた。

「個人的には実はまだ試合が見られることを楽しみにしている自分がいる。大統領になったらもうリングには立てないが、負けたら可能性はある」

パッキャオ陣営のある関係者はそう述べていたから、まだ復帰の可能性はあるのだろう。さすがに大統領になった場合にはボクサー活動は不可能だとしても、選挙戦は苦戦が予想されている。選挙で敗れ、その後に再び国民からのリング復帰待望論が高まった場合は……。

これで本当に終わりだろうとなかろうと、少なくとも現在、パッキャオがボクサーからの引退を心に決めているのは違いない。いまのところはあれこれ詮索せず、スーパースターが歩んできた驚異的なキャリアに感謝すべきに違いない。

最終戦績は72戦62勝(39KO)8敗2分け。フライ級、スーパーバンタム級、スーパーフェザー級、ライト級、ウエルター級、スーパーウエルター級でメジャータイトルを獲得しただけでなく、フェザー級、スーパーライト級でもトップ選手を下してきた。そんな経緯から、事実上の8階級制覇と表現されることすらある。

当初は世界的にまったくの無名ボクサーだった軽量級時代、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレス、フアンマヌエル・マルケスといったメキシコの勇者たちと熾烈(しれつ)なライバル関係を形成した時点で、パッキャオはすでに殿堂入りは確実のボクサーだった。中量級に昇級後、米国のオスカー・デラホーヤ、英国のリッキー・ハットン、プエルトリコのミゲール・コットといった各国・地域のヒーローたちをなぎ倒していく。その過程で、アジアの島国出身の小さなファイターは、世界的な影響力を誇るアスリートに成長していった。

2015年5月、フロイド・メイウェザー(米国)との〝世紀の一戦〟では敗れはしたものの、1億ドル以上の報酬を手にし、金銭的な意味でも史上屈指の成功を収めたボクサーになった。母国の国民的英雄としての地位を確固たるものにしたパッキャオは、今では大統領候補にまで上り詰めたのである。

夢を追いかけ、努力すれば、何かが起こるもの――。最後の最後でパッキャオはファンにそんなメッセージを送った。その圧倒的な軌跡は後世へのインスピレーションになるだろうが、これほどまでに巨大なアメリカンドリームを成し遂げるアスリートは今後、現れるだろうか? 

パッキャオは現代の奇跡だった。こんなボクサーはもう二度と現れることはないと思う。彼が紡いだ、私たちの想像を常にはるかに超えるストーリーをリアルで目撃できたことは、例えようもなく幸運で、幸福だったのである。

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