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大リーガーら動けど…野球の将来、希望と失望が交錯

スポーツライター 丹羽政善

昨年12月、智弁和歌山高の選手を指導するイチローさん=共同

「与えられたものがある。今度は自分の番」。その答えが返ってきたのは、「なぜ、YouTubeなどにここまで力を入れるのか?」 とトレバー・バウアー(レッズからフリーエージェント)に聞いたときだった。

「小学生の頃、ある野球教室に参加したんだ。そこへバリー・ジト(元アスレチックスほか)がゲストとして訪れた。そのとき、彼にいろんなことを聞いたんだけど、オールスターの選手がなんでも気さくに答えてくれた」

アスレチックス時代の2002年に23勝5敗、防御率2.75でサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を獲得したジトは当時、オフになるとアラン・ジーガー氏という指導者の元で遠投プログラムを行っていた。バウアーがそのジーガー氏が主催するキャンプに参加したところ、ジトが姿を見せ、子供たちと交流。現役のトップ選手が惜しみなく知識や経験を教えてくれることにバウアーは驚き、同時にその距離感の近さは、「自分が将来、プロになったら……」という思いへとつながった。

実際にプロになると、野球教室を行ったり、オフにトレーニングをする米シアトル近郊の「ドライブライン・ベースボール」で、アマチュア選手に声をかけたりしているが、それでは限界もある。そこで思いついたのが動画の配信。YouTubeを使えば、同時に多くの人に知識、経験を届けることができる。子供たちは動画に抵抗もない。まだそうした場合のプラットホームとしては認知度が低かった7〜8年前から変化球の投げ方などを投稿。自分で撮影し、編集も行った。

バウアーは自分の知識、経験を子供たちに届けるためYouTubeでの発信などに力を入れる=AP

ただ、それでもまだ、物足りなさを覚えた。データやバイオメカニクスを学び、それを投球にいかすアプローチはキワモノ扱いされ、そのことを「結果を残せていなかったから」と振り返るバウアー。よって、「自分の発言に耳を傾けてもらうには、ジトのように結果を残さないとダメ」と数字やタイトルにこだわった。

「今回、サイ・ヤング賞をとれたことで、自分がやっている科学的なアプローチに多くの人が興味を持ってくれるようになった。その意味でも、このタイトルの意義は大きい」。何を、というより誰が、ということか。圧倒的な実績によって、言葉はさらなる重みを持つ。

そのことを知った選手には責任が伴うが、マリナーズのイチロー会長付特別補佐兼インストラクターの言動からは、それを意識していることがうかがえる。

昨年12月、イチローさんが智弁和歌山高で選手らを指導。19年3月の引退会見でイチローさんは将来について、「小さな子どもなのか、中学生なのか、高校生なのか、大学生なのか分からないですけどそこに興味はあります」と話していたが、さっそく実現させた。いやこれは、プロアマの不思議な垣根のせいで、ようやく、と表現すべきかもしれないが。

昨年11月、新聞大会で記念講演するイチローさん=共同

いずれにしても根底に流れるのは、バウアーと同じではないか。自分の知識、経験をどう次の世代へ伝えていくか。これまで自分を支えてくれたファン、野球界に対して、自分は何ができるのか。智弁和歌山の選手らを指導する直前、神戸市内で日本新聞協会主催の第73回新聞大会で講演したときには、こう話している。

「引退は選手としての死の形ではあるんですけど、野球人としてはこれから。僕、野球大好きなので。それは変わりないですから。野球人として、何かお返しできたらなと思っています」

例えば、監督、コーチというより、マリナーズでインストラクターという肩書を選んだのは、その方が縛られることなく、より自由に指導ができるから、ということなのかもしれない。

そうした取り組みに長年力を入れているのが、ソフトバンクの王貞治球団会長だ。1990年から、バリー・ボンズ(ジャイアンツなど)に破られるまで大リーグの通算本塁打記録を持っていたハンク・アーロン(ブレーブスなど)とともに野球を全世界に普及、発展させ、同時に世界の青少年に友情と親善の輪を広げるという目的で、世界少年野球大会や野球教室を主催している。

日本での開催が中心だが、第1回は米ロサンゼルス(1990年)で行われ、その後、カナダのリジャイナ(2000年)、プエルトリコ(07年)などでも交流を実現させた。第2回大会には、のちに巨人でもプレーし、キューバの中心選手として長く活躍したフレデリク・セペダが参加していた、というのは有名な話だ。

王球団会長(右)は世界少年野球大会開催などの活動をライフワークにしている=共同

王会長はこの活動を「ライフワーク」と位置付けているが、義務と感じているかもしれない。プロというだけでは、必ずしも人やお金が集るわけではない。頂点に立ったからこそできることがある。あとは、その力をどう使うか。

結局、形は違えど、バウアーにしても、イチローさんにしても、王会長にしても、野球の魅力をどう子供たちに伝えるか、という部分でも共通点がある。そこが野球人として行き着くところか。

ところで、スポーツ&フィットネス・インダストリー協会(SFIA)の調査によると、米国では14年から18年までの5年で約21%も野球をする子供たちなどが増えたそうだ。人数にして約1590万人だという。これは現役選手、OBの地道な活動に加え、大リーグ機構が15年から行っている「PLAY BALL」というプログラムの効果があったとされる。だが、競技人口の総数は約6500万人(世界野球ソフトボール連盟調べ)で競技別では世界9位。1位はサッカーの2億6500万人(国際サッカー連盟調べ)で、世界的にみればまだ大きく水をあけられている。

米国内にも不安要素はある。「スポーツビジネスジャーナル」誌の調査(17年)によれば、テレビで野球中継を見るファンの平均年齢は57歳で、米プロフットボールNFLより7歳、米プロバスケットボールNBAより15歳も高い。また、野球ファンの35歳以下の比率は24%。バスケットの45%とはここでも差がある。バランスも欠き、14年の調査(米ニールセン)になるが、野球を見るファンの83%が白人で、黒人の比率はわずかに9%だという。これがバスケットだと白人が40%、黒人が45%となる。

ポジティブな要素とネガティブな要素がある中で、将来を見据えたとき、野球界はどんな手を打てるのか。一つの案として、五輪への大リーガー派遣がある。だが、この話をすると、大リーグ関係者はまず、「無理だ」と否定する。

選手がけがをしたらどうする? そのための保険代は誰が払うのか? 仮にシーズンを中断するとしたら、その分の経済的補填は誰が負うのか? 一部の選手を派遣するなら、シーズンが佳境を迎える時期に戦力的な不公平が生まれるーー。ハードルは無数にあるが、そう思われているからこそ、実現したときのインパクトも大きいのではないか。

ただ、そこには逆の力も働いている。08年11月、19年限りで引退したカーティス・グランダーソン(当時タイガース)は、スイスのローザンヌにいた。16年にブラジルで行われたリオデネジャイロ五輪で野球を実施競技として復活させるため、野球界を代表してプレゼンを行ったのである。

その際、国際オリンピック委員会(IOC)の委員から、「大リーガーを派遣できるのか?」と聞かれたという。「検討する」とは答えたグランダーソンだったが、確約はできなかった。すると、大リーグの薬物対策、ソフトボールとの結束の流れに一定の理解が示され、前向きな反応もあったその場が、一気に冷めたという。「やれやれ、という雰囲気を感じたよ」

15年1月に就任したロブ・マンフレッド・コミッショナーも、それまでの方針を踏襲する。グローバル化を求める声には、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で対応する立場を崩さない。確かに次回大会(今年から23年に延期予定)は、参加国が予選も含めると過去最大の28カ国に増える。しかしながら、五輪ほど多くの人に注目されるわけではない。

いわゆるユニホーム組が裾野拡大に向け、草の根交流で汗をかく一方、スーツ組はWBCのさらなるビジネス化を目論み、両者のゴールは同じようで同じではない。

東京五輪では競技種目として復活する野球だが、24年のパリ大会ではまた五輪種目から外れた。28年のロサンゼルス五輪では、再復活の可能性があるが、問題はその先だろう。

野球の将来はどうなるのか。今、希望と失望が、交錯する。

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