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世界中からウッズへ 「奇跡をもう一度」の願い

ゴルフジャーナリスト ジム・マッケイブ

2018年に奇跡的な復活を果たし、19年にはマスターズ・トーナメントでメジャー通算15勝目を挙げたウッズ=ロイター

男子ゴルフのタイガー・ウッズ(米国)が、米ロサンゼルスで交通事故を起こしたという一報を耳にしたとき、「これで、今年のマスターズ・トーナメントの出場は難しくなったな」と漠然と考えた。事故現場の写真を見たとき、血の気が引き、それが大きな間違いであることに気づく。

現場に駆けつけ、斧(おの)を使って、自力では外に出られなかったウッズをフロントガラスから助け出したという郡警察官は記者会見で、「命を落とさなかったのは、本当に幸運だったのではないか」と話したが、もはや、マスターズどころではない。生きていること自体、奇跡に思えた。

ならば、もう一度、奇跡が起きないだろうか。それはどんなに先でもいい、どんな形でもいい。彼がもう一度、ティーイングエリアに立つ姿を見てみたい。そう願っている人は世界中にいるはずだ。

事故が起きたのは2月23日午前7時すぎ(米西部時間)。一報とともに、様々な臆測が飛び交い、その中にはアルコール及び薬物の影響は?というものも含まれた。その後の調べでいずれも無関係であることが判明したが、ウッズの事故はこれで3度目。薬物の影響が真っ先に疑われたのも、2017年5月に起こした2度目の事故が人々の記憶に残っていたからだろう。

事故後、運び出されるウッズの車(2月23日)=ロイター

あの時は術後の痛み止めの過剰摂取によって意識が混沌とし、車内でもうろうとしているところを逮捕された。その後、殺風景な部屋で後ろ手に手錠をかけられ、ぐったりと椅子に座っている様子が映像で公開されると、多くの人が目を疑った。

もっとも、09年に起こした1回目の事故ほどショッキングなものはなかった。消火栓に衝突し車の右前部が大きく破損したが、幸いウッズは軽く首を痛め、唇を5針縫っただけだった。ただ、その原因がウッズの女性問題に端を発した家族間のトラブルであることが明らかになると、ゴシップ雑誌の格好のネタに。人間性が疑われただけでなく、それ以降、ゴルファーとしてもかつての圧倒的な強さを失い、カリスマ性そのものも色あせた。

1996~2009年までウッズは米ツアー14シーズンで71勝を挙げ、4大大会でも14勝をマークしていたが、10年以降20年までは11シーズンでわずか11勝。そのうち6シーズンで未勝利に終わっている。腰の手術など度重なるケガがその主な要因ではあるが、17年の事故も遠因は腰の手術であり、彼の転落はあの時、極まった。

ところが18年、ウッズは奇跡的な復活を果たし、年間チャンピオンにもあと一歩と迫った。19年はマスターズを制し、08年の全米オープン以来のメジャー大会制覇を成し遂げると、同年10月には日本で行われたZOZOチャンピオンシップに勝って米ツアー最多タイとなる82勝目をマーク。世界ランキングが久々に1桁まで上がると、東京五輪出場にも色気を見せている。

そうした流れの中で09年の事故をきっかけに傷ついた彼のイメージも徐々に回復し、その後は、米ツアーの最多勝記録更新、そしてあと3勝と迫ったジャック・ニクラウス(米国)が持つメジャーの最多勝利数(18勝)更新なるか、という明るい話題も少なくなかった。しかしながら今や、今年のマスターズや東京五輪の出場、また米ツアーと四大大会のそれぞれ最多勝更新という偉業は、はるかかなたへ遠のいた。

もっとも、生きているだけでも――。同じロサンゼルスの近郊では昨年、米プロバスケットボールNBAでスーパースターだったコービー・ブライアント氏が、ヘリコプターの墜落事故で亡くなったばかり。ウッズの場合も、事故現場のショッキングな映像が拡散した後だっただけに、全米のスポーツファンは、「命に別条はないようだ」という続報に心から安堵した。

現状、再び米ツアーに復帰し優勝争いをしてほしい、と願うのは早計だろう。娘と息子の父親として家に帰る。まずはそこを願いたいが、元米大統領のバラク・オバマ氏が、SNSでこんなメッセージを出し、多くの人の胸を打った。「もし我々が、この長い間に何かを学んだとしたら、そこにはタイガーから学んだものもきっと含まれるはずだ」

ワークデー選手権の最終日、赤いシャツ、黒いパンツ姿でプレーするマキロイ=USA TODAY

2月28日、ワークデー選手権の最終日には、ロリー・マキロイ(英国)、ジャスティン・トーマス、トニー・フィナウ(ともに米国)、ジェイソン・デイ(オーストラリア)らが、赤いシャツ、黒いパンツ姿でプレーした。それは改めて説明するまでもなく、ウッズが日曜日にプレーするときの定番コーディネートである。ブライソン・デシャンボー、マット・クーチャー(ともに米国)は、ウッズの名前の入ったゴルフボールでプレーしたそうだ。

そうした意図について、マキロイがこう説明する。「まずは彼に、我々がついている、ということを知ってほしかった。状況は良くなっているようだけれど、困難な道程はまだ始まったばかり。でもみんな、彼に何らかの形で思いを伝えたかった。それだけ彼は僕たちにとって特別な存在だから」

その思いを病床で受け取ったウッズは、SNSを通じてこう返している。「テレビをつけ、彼らが赤いシャツを着ているのを見たときの気持ちは、ちょっと説明できない。ファンのみんな、選手のみんな、君たちは、僕がこの困難を乗り越える力になってくれる」

ゴルフ界は今、確かな一歩を踏み出した。

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