/

ムキにならない大谷 「剛」から硬軟織り交ぜた投球へ

スポーツライター 丹羽政善

大谷の投球はどちらかといえばオールスター戦で見せたような剛のイメージだったが…=共同

大リーグ・マリナーズにいた頃の岩隈久志(現マリナーズ特命コーチ)が、よくこんな話をしていた。「相手(打者)に考えさせたい」

なぜ、こんな配球なのか? 次に何を投げてくるのか? 相手が打席でそう考え始めたら、アドバンテージは投手にある。駆け引きの妙を端的に言い表していた。

逆に、相手の狙いを考えすぎると、立場が一転する。スライダーにまるで反応しなかった。真っすぐを待っているのか。いや、そう思わせて狙いはスライダーか? ならば、やはり勝負は真っすぐか。そこで真っすぐを投げると、見事にはじき返される。

ヤンキース時代の黒田博樹が苦笑しながら言ったことがある。「裏の裏は、表ですから」。考えることと考えすぎること。その境目は相手によっても変わるだけに、正解がない。

いずれにしても、18.44㍍の距離を挟んで交わされる投手と打者の無言の会話。力でねじ伏せるピッチングも痛快だが、それを感じるとき、また一つ野球の奥深さに触れる。

さてこれまで、エンゼルスの大谷翔平は、どちらかといえば剛のイメージだった。球速100㍄(約161㌔)近い真っすぐと鋭く落ちるスプリットを軸に打者を手玉に取る。2ストライクと追い込めば、相手がそれを待っていたとしてもスプリットを投げ、空振りを奪った。ところがこのところ、相手心理を巧みに利用したり、必要とあらば力で押すスタイルにシフトするなど、 力の入れどころ、抜きどころを自在に操る。

7月19日のアスレチックス戦に先発登板した大谷。2ストライクと追い込んでもスプリットをほとんど投げなかった=共同

例えば、7月19日のアスレチックス戦。五回まで2ストライクと追い込んでから投じた23球のうち、スプリットはわずか1球。開幕から6月終わりまで、2ストライクでスプリットを投げる割合は49.6%と高く、当然、相手の頭にはスプリットがあるだけに、そこで投げるスライダーは多少甘くても効果的だった。

そうした配球はもちろん、その日の調子や相手の狙いをどう読むかによるのだが、ある程度は意図的であることを大谷も認める。

「シーズン序盤は、スプリットを結構多く投げていたので、真っすぐとスプリットが一番空振りを取れる。相手としたら、嫌な球種の順位付けかなと思う」

結果的にそれが伏線となり、今、それを回収する。

「スライダー、カットに関しては、カーブもそうですけど、3番目、4番目の球種なので、相手からしたらそんなにケアする必要のない球。いつスプリットが来るんだろう、という頭でいるだけで、スライダーも通りやすくなったり、真っすぐもカットも空振りを取ったりする確率が高くなる」

かといって豪快なピッチングが消えたわけではない。26日のロッキーズ戦も、五回までは丁寧に打たせて取り、六回からギアを上げると、七回に2三振。大谷は、「最後の七回はちょこっと三振を狙いにいきました」と話し、続けた。「最後は(前の打席で)ホームランを打たれているバッターでしたし、しっかりと最後まで気を抜くことなく、三振を狙いにいきました」

最後の球――99球目は、この日最速の99.7㍄を計測した。

では、いつから硬軟織り交ぜ、という形になったのか。言葉をたどると、レッドソックス打線を相手に七回まで投げ、5安打、2失点、4奪三振で、4勝目を挙げた7月6日にこんな話をしている。

「ムキに三振を取らないようにというのは気をつけていたので、そういう意味ではいい感じの球数で調整できましたし、ゲームメークとしては悪くない試合だった」

この試合、7イニングを89球で乗り切った。これまでのようにムキになって真っすぐやスプリットで三振を奪いにいけば、 それは相手も待っている球。仮に打たれなくても、ファウルが増え、球数も増える。そうなれば当然、長いイニングを投げられない。模索を続けた中でたどり着いた、一つの答えなのかもしれない。

一方、打者・大谷は、相手が考えさせるような配球をしてきたとき、どう対処しているのか。例えば相手が、同じ変化球を4球も5球も続けることがある。それ自体リスクだが、そこまで徹底されれば、さすがに打者は、そろそろ違う球種が来るのでは、と考える。そうなったとき、経験上、考えることはプラスに働くことが多いのか、マイナスに働くことが多いのか。

その点を大谷に問うと、「それは自分と相手の、実力差というか、そこを冷静に判断できるかどうか」と話し、続けた。「自分がもちろん、ケアしなくても打てるなと思った球に関しては、別にケアする必要はないと思う」

相手がいかに裏をかくような配球をしようが、自分が上であると判断できれば、どんな球でも対処できる。しかし、「自分よりも圧倒的に上の投手がいて、ケアしなきゃいけないボールが複数ある場合は、もちろん、割り切っていかなきゃいけなかったりする」という。考えるというよりは、ある程度、取捨選択が必要ということか。

「その時の自分の状態もそうですし、自分のレベルがどのくらいなのかなっていうのを、いちいち確認する必要があるかなと思います」

7月27日のロッキーズ戦。相手先発のオースティン・ゴムバーは、大谷との3打席目でスライダーを6球続けた。しかし、その6球目が甘く入ると、大谷はその球を捉え、463㌳(約141㍍)先まで運んだ。迷いはなかった。

7月27日のロッキーズ戦で36号2ランを放つ大谷=共同

さて、そんな投手との駆け引きについて、イチロー(現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が、メジャー通算3000安打を放ったときに、こんな話をしたことがある。

「当然、脳ミソを使わなくてはいけない。使いすぎて疲れたり、考えていない人にあっさりやられたりすることもたくさんあるんですけど」

これも、「裏の裏は表」の一種か。野球とはやはり頭を使うスポーツであり、しかしそれがすぎると、逆効果にもなりうるという難しさをどこか示唆した。

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン