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古賀稔彦さん死去 「平成の三四郎」、五輪柔道金

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柔道男子で1992年バルセロナ五輪の金メダリスト、古賀稔彦(こが・としひこ)さんが3月24日午前、がんのため死去した。53歳だった。告別式は近親者で行う。喪主は妻、早苗さん。

佐賀県に育ち、兄の影響で柔道を始めた。中学進学と同時に東京・世田谷の柔道私塾「講道学舎」に入門。世田谷学園高、日体大と歩むなかでトップ選手に台頭し、小柄ながら切れ味の鋭い一本背負い投げで「平成の三四郎」の異名を取った。

89年、91年と世界選手権を連覇。絶対的な金メダル候補として臨んだ92年バルセロナ五輪は大会直前に左膝を負傷。試合までほとんど体を動かせないなかで減量し、本番は痛み止め注射を打ちながら戦った。

準決勝は代名詞の一本背負い投げで鮮やかな一本勝ち。痛みをこらえた決勝は旗判定をものにし、悲願の金メダルに輝いた。銀メダルを獲得した96年のアトランタ五輪まで3大会連続で五輪に出場した。

2000年の現役引退後は指導者として後進の育成に努めた。特に女子の指導に長く携わり、代表コーチを務めた04年アテネ五輪では谷本歩実選手を金メダルに導いた。

07年から柔道部総監督に就任した環太平洋大学(岡山)でも東京五輪代表の素根輝選手らを指導。トップ選手だけでなく、川崎市内に町道場「古賀塾」を開くなど、子どもたちの指導にも力を注いだ。

25日から始まる東京五輪の聖火リレーで、佐賀県のランナーに選ばれていた。

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