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「笑える日、もう来ない」 一人娘失った横田さん

犠牲となった横田沙希さんの写真と共に取材に応じる父、政司さん(17日、富山市)=共同

「心から笑える日はもう来ない」。ニュージーランド留学中、地震の犠牲となった富山市の横田沙希さん(当時19)の父、政司さん(65)はつぶやいた。10年前のあの日を境に家族の形は変わった。「娘を失った現実を思い出さない日はない。悲しみや後悔、怒り。この気持ちが消えることはないだろう」とうつむく。

沙希さんは地元の高校を卒業。「語学力を身に付けて空港で働きたい」と富山外国語専門学校(富山市)に進学した。留学は心から楽しみにしていた。「うきうきした様子で荷造りしていたことが忘れられない」

3人の兄を持つ末っ子。いつも明るく、人なつっこい笑顔を振りまいた。出発前日の2011年2月16日、もう立派な大人になっていた沙希さんが「おんぶして」と背中に飛び乗ってきた。「『帰ったらまたやってやる』と言ってすぐに下ろしたんだけど」と、照れくさそうに振り返った。

出発の日、空港へ向かうバスに乗り込む際「楽しんで」と声を掛けたのが、最後の会話になった。わずか5日後に地震が発生。被災地クライストチャーチ市で留学先の語学学校が入るビルが倒壊した。仲が良く、にぎやかだった家族が全員でそろうことは、もうない。

調査でビルの設計などの欠陥が明らかになったが、現地警察は立件を断念。元警察官の政司さんは「刑事責任を誰かが負わなければおかしい」との思いが消えない。

現地は6回訪れた。娘が現れるような気がする――。ビル倒壊跡地に夫妻で立ち、空を見つめ続けたこともあった。

ニュージーランド地震で犠牲となった横田沙希さんの父、政司さんが今も大切にしている沙希さんの写真とキーホルダー=共同

星空の名所、同国南島のレークテカポ村で16年、三男夫妻が結婚式を挙げた。沙希さんが憧れていた場所だった。ネックレスに遺骨を入れて参列した。娘の念願だった場所に行くことができたと思い、ほっとしたら、心境に変化が表れた。「この時が自分の中で区切りになった」

現地入りは17年の七回忌が最後。「現地で娘を感じなくなった。今後、行くことはないと思う」と語る。

昨年2月、来日した被災地の市長と面会した。道義的な謝罪を受け入れたが「一つの通過点」と政司さん。遺骨は自宅の沙希さんの部屋にある。「地震の記憶が風化していくことは仕方ない。自分が最期を迎えるまで遺族として向き合っていく」〔共同〕

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