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原爆で翻弄の人生、映画に 佐々木禎子さん遺族が企画

ドキュメンタリー映画「折り鶴のキセキ(仮題)」撮影の発起人となった、佐々木禎子さんのおいの祐滋さん(5日、東京都中野区)=共同

広島で被爆し、12歳で亡くなるまで鶴を折り続けた佐々木禎子さん(1955年10月死去)の遺族らが、原爆に翻弄された人々の人生を追ったドキュメンタリー映画「折り鶴のキセキ(仮題)」の撮影を進めている。今年、日米開戦から80年となるのに合わせ企画。来夏の劇場公開を目指す。

禎子さんは、広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルとして知られる。映画は、おいでシンガー・ソングライターの祐滋さん(50)=東京都中野区=らが発起人となって製作委員会が発足し、昨年9月に撮影開始。禎子さんや禎子さんの兄、雅弘さん(79)=福岡県那珂川市=に加え、原爆孤児らの人生を振り返るほか、折り鶴をきっかけにした日米交流も描く。

原爆の子の像は禎子さんの死後、同級生らが校長会で慰霊碑建立を呼び掛けたのをきっかけに、全国の学校から募金が寄せられ、1958年に完成。同級生らの活動が報道されると、禎子さんは一躍有名になった。

一方、映画では建立の背景にあった、佐々木家の悲話も取り上げる。

祐滋さんによると、禎子さんが新聞などで盛んに報道されると、両親は「娘を売り物にしてお金を得ている」とのあらぬうわさを立てられた。実際それで得たお金はなかった。

傷心の両親は逃げるように福岡県に引っ越し、禎子さんを扱った本や映像は見なかったという。祐滋さんは「禎子の『美談』の裏にある家族の苦しみも描くことで、平和をつくる心とは何なのか考えさせる作品にしたい」と話す。

新型コロナウイルスの感染状況次第では、12月にハワイ・オアフ島で開かれる真珠湾攻撃の追悼式典に参列し、撮影に臨むつもりだ。劇場公開後は学校などへの映像提供を予定している。〔共同〕

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