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防災学ぶ10歳、津波の怖さ伝える 岩手・陸前高田

(更新)
被災した米沢商会ビルで話す米沢祐一さん(左)と娘の多恵さん(2月23日、岩手県陸前高田市)

「もし大きな津波が来たら、どうする?」「とにかく逃げる!」。2月下旬、岩手県陸前高田市の自営業、米沢祐一さんの問いかけに小学4年の長女、多恵さん(10)が答え、続けた。「防潮堤の形や素材を工夫して、みんなが逃げる時間を少しでも稼げたらいいね」。一人娘のアイデアに、祐一さんは目を細めた。

多恵さんは10年前の「3・11」を生後1カ月で迎えた。本来なら市内の神社に親族そろってお宮参りをした記念日として終わるはずだった。だが、数時間後に襲来した大津波によって、祖父母とおじにあたる祐一さんの両親と弟の3人は帰らぬ人となった。

米沢多恵さんの初節句で、記念写真に納まる父、祐一さん(右から3人目)と祖父母ら(2011年3月3日)=本人提供

亡くなった3人と直前まで一緒にいた祐一さんは、家族経営の包装資材会社が入る3階建ての自社ビルに逃げ込んだ。階下を突き抜けた津波が迫る中、屋上からハシゴで煙突の先端部まで駆け上った。地上約15メートル。水位はズボンをぬらすほどまで上昇し、死を覚悟した。

「自分が生き残れたのは幸運の積み重ね。なんらかの力に生かされたと感謝せずにはいられなかった」。ビルは震災後も取り壊さず、公的な支援を受けない民間所有の震災遺構として保存することを決めた。祐一さんは語り部としてこれまで約4千人に経験を伝え続けてきた。昨年の3月11日には、怖がる多恵さんを初めて煙突に上らせ、自身の経験を実感させた。

物心ついたころから津波の恐ろしさを教えられて育った多恵さん。3年生の時には中学生以上が対象の同市認定の資格「防災マイスター」の講座を受講し、特別に「キッズ防災マイスター」に認められた。「友達は全然関心を持ってくれないけど……」と漏らしつつ、現在は民間資格の「防災介助士」取得のために勉強をコツコツと続けている。

「おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、ありがとう」。毎日、仏壇に向かって感謝の気持ちを伝えるのが習慣という多恵さん。将来の夢は「小児科のお医者さん」だ。屈託のない表情で目を輝かせ「診察するとき、『津波は怖いんだよ』『逃げなきゃだめなんだよ』って子どもたちに教えてあげるんだ」と笑顔を見せた。

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