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災害救助「家族と思って」 後輩に伝える海上保安官

訓練でペアの若手隊員に指示する海上保安庁の機動救難士の車田務さん(右、宮城県七ケ浜町)=共同

高度な技術を持つ海上保安官が所属し、海難事故や災害現場に出動する海上保安庁の特殊救難隊(東京・大田)は、東日本大震災で行方不明者の捜索に当たった。当時、隊員だった車田務さん(40)=仙台市=は現在、救助・捜索対象を家族と思って接するよう後輩に伝えている。

「海上保安庁です。ちょっと待っててね、すぐ行きます」。昨年11月下旬、海風が吹き付ける宮城県七ケ浜町の断崖一帯に、車田さんの大きな声が響いた。崖下の陸地に男性が孤立した想定での救助訓練。ペアを組む若手隊員と声を掛け合い、カラビナやロープなどの道具を素早く選ぶ。崖を下りた後輩が男性を担架に乗せると、車田さんが慎重に引き上げた。

人命救助は任務の一環。そう思っていた仕事との向き合い方は2011年3月、娘が生まれ父親になって変わった。誕生翌日に震災が発生、その後、捜索のため東京から宮城県に派遣された。

大勢が犠牲になった同県石巻市周辺の海に潜って目にしたタンスや机……。「海の中に生活空間がある」。信じられない光景に言葉を失った。不明者を捜すだけでなく、多くの被災住民の心を埋めたいと思った。子どもの運動会や家族の集合写真も回収。「娘の誕生で、人に寄り添おうとする気持ちが強くなったと思う」と振り返る。

14年、地元の第2管区海上保安本部の仙台航空基地(宮城県岩沼市)に異動し、19年10月の台風19号では機動救難士として活動した。浸水被害に遭った丸森町で住宅のベランダにヘリコプターから降り立ち、取り残された高齢男性や女子中学生ら4人を救助した。

大人には「貴重品をまとめてください」と取るべき行動を具体的に指示し、子どもには「おなかは空いていない?」と優しく語り掛けた。相手に合わせた対応は、不安や負担を少しでも和らげられるようにとの配慮だ。

今は後輩の育成指導を担う。「熱意ある若い後輩の心を燃やしたい」。海上保安官に必要な心構えを改めて説く日々だ。〔共同〕

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