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小石川植物園(東京・文京) 江戸の医療支えた養生所

園内の日本庭園。右奥には洋風建築の様相を残した旧東京医学校本館が見える

ウメの花にスマートフォンのカメラを向けた男性がシャッターを切る音が聞こえた。樹林からは野鳥が飛び立つ羽音。東京の騒々しさを感じさせない静けさが漂う。

都心にある「小石川植物園」は、東大大学院理学系研究科に付属する研究施設。16万平方㍍の広大な敷地に約1500種の植物が生い茂り、温室でも約1100種が栽培されているという。月に1度訪れている近所の男性(72)は「ここに来れば、四季の移ろいを感じられる」と草木をめでた。

正門をくぐって急な坂を上ると、万有引力の法則の発見につながったとされる「ニュートンのリンゴの木」がある。英国のニュートン生家にあった木が接ぎ木され、英国物理学研究所から日本へ送られて1981年に園内に植えられた。

近くにあるイチョウからは1896年、精子が発見された。種子植物にも精子が存在することを明らかにした生物学史上の偉業といわれる。園長を務める東大理学系研究科の塚谷裕一教授は「多くの人が楽しめる植物園でありながら、日本ではトップクラスの研究施設」と胸を張る。

そのイチョウの横には、使われなくなった井戸がぽつんと残されていた。江戸の医療を支えた遺構だ。

同園は1684年に徳川幕府が設けた「小石川御薬園」が前身。幕府直轄の薬園で、薬草栽培や生薬製造などの研究センターとしての機能を担っていたという。

当時、江戸では疫病が流行を繰り返し、1709年には将軍徳川綱吉も麻疹で死去している。16年には江戸の町で疫病による死者が1カ月で8万人を超えたという。「江戸幕府の感染症対策」などの著書がある歴史家、安藤優一郎氏は「深刻な事態は幕府が医療政策に力を入れる大きな動機になった」と話す。

22年には薬園内に「養生所」が設立され、主に貧しい患者が受診に訪れ、入所した。入所者はあっという間に定員の40人を超え、外来にも患者が押し寄せた。医療崩壊を防ぐために外来を止めて病床を増やし、多くの人を救った。安藤氏は「政府の姿勢を示した取り組みだった」という。

歴史を重ねてきた植物園で、塚谷教授は「新しい試みをしてみたい」と力を込める。ドローンで撮影した園内の植物をバーチャルの世界で再現したり、QRコードによってスマホで植物の説明を読んだり、次代の姿を探っている。(筒井恒)

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