窒素の環境負荷、国際課題に アンモニア発電で対策必要
Earth新潮流

窒素による環境汚染が国際社会の新たな課題として浮上している。農業で肥料として大量に散布したり、工場や車から排出されたりした窒素化合物が大気や水、土壌を汚染している問題だ。日本の排出量は減少傾向にあるが、回収や再利用へ課題を抱える。政府が脱炭素へ「アンモニア発電」に注力するなか新たな対策も必要になる。
日本「世界平均の2倍」
2000~15年に日本で環境中に廃棄された窒素は1人当たり年間41~48キログラムで、世界平均の約2倍――。農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、国立環境研究所などのチームは21年8月、こんな報告を公表した。00年以降、農林水産業や製造業、廃棄物処理などで排出された窒素の量を網羅的に調べ、詳細な収支を明らかにした。
窒素による環境汚染は「古くて新しい問題」だ。20世紀初頭、大気中の窒素からアンモニアを合成する「ハーバー・ボッシュ法」が実用化し、窒素肥料は農業の生産性を飛躍的に高めた。半面、アンモニアなどは「反応性窒素」と呼ばれ、環境を汚染する。河川や海に流れ出して「富栄養化」を招き、肥料の与えすぎで農地の生産性の低下も問題になり始めている。

CO2上回る温暖化効果
工場や自動車の排ガス中の窒素酸化物(NOx)も先進国は排出規制を強化してきたが、新興・途上国では対策が遅れている。一酸化二窒素は温暖化ガスのひとつで、二酸化炭素よりも温暖化効果が強いことも知られる。
農研機構などの調査によれば、人間活動による反応性窒素の排出は日本では00年の229万トンから15年の186万トンへと2割近く減った。「排出抑制策では優等生ともいえる」と多くの専門家はみる。
ただし、窒素の廃棄量全体はこの16年間横ばいで、1人当たり排出量は世界平均に比べなおも多い。安閑としていると国際社会からの風当たりが強まりかねない。
国際社会は注視
実際、国際社会では窒素汚染の対策づくりが加速している。国連環境計画(UNEP)は14年の年報で「窒素汚染は大規模かつ複雑で削減もほとんど進んでおらず、地球規模の問題」だと報告。人間活動により生産・廃棄された窒素は自然起源の窒素の総量を既に超え、「プラネタリーバウンダリー(地球の限界)」を超えたとの指摘もある。UNEPは19年にもこの問題を取り上げ、環境中の窒素を回収して再利用する「循環型利用」への転換を訴えた。
科学者組織である「国際窒素イニシアチブ」(INI)は窒素の収支を把握して政策づくりに生かす「国際窒素管理システム」(INMS)を設け、22年には「国際窒素アセスメント」を公表する。温暖化対策では科学者組織「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が政治交渉をけん引し国際ルールにつながった。これと似た構図が窒素問題でも動き出す。
地域・国レベルで動きも出ている。欧州連合(EU)は域内で窒素による水、大気の汚染、温暖化への影響を調べた「欧州窒素アセスメント」を公表した。とくに食糧生産やフードシステムを問題視し、投入した窒素のうち8割は人の口に入らず、環境に放出されていると指摘した。中国も農業分野で肥料の使用を抑制するため行動計画を発表した。インドも尿素肥料の環境への放出を抑えたり、肥料を半減させたりする目標を掲げている。
「日本、危機感薄く」
日本でも政府の大型プロジェクトである「ムーンショット型研究開発」で窒素の回収や再利用技術の研究が始動したが、循環型利用の仕組みづくりはこれからだ。21年11月、産業技術総合研究所が開いたシンポジウムでは「日本では危機感が薄く、ゆでガエルになりかねない」「政策的な対応が必要」など、専門家から懸念の声が相次いだ。
とくに議論になったのが、脱炭素の実現へ政府や電力会社がアンモニアの活用を計画していることだ。政府はエネルギー基本計画で「50年までに水素とアンモニアを電力の主要な供給力・調整力にする」とし、石炭火力発電所でアンモニアを混ぜて燃やす「混燃発電」や水素の輸送手段としてアンモニアを活用する方針を示している。
アンモニアは理想的な条件では燃やすと窒素と水になり、CO2を排出しない。ただし燃焼条件によってはNOxが大量に発生し、これまでアンモニア発電が注目されない一因だった。経済産業省は「NOx抑制技術は20%混焼では完成している」としているが、混焼率を引き上げた場合にも抑制できるか、技術的な裏付けはまだない。
利害調整、当事者多く
さらに生産や輸送の過程で漏洩対策なども課題になる。現在、アンモニアの世界生産量は年2億トン程度で、多くは肥料として地産地消される。石炭火力でアンモニアを混焼すると日本の発電所だけで年2000万トンが必要になり、世界の貿易量に匹敵する。海外と協調して生産・供給能力を高めるにしても、環境対策は避けて通れない。

窒素汚染の対応が後手に回ってきたのは発生源が農工業や下水処理など幅広く、多くの当事者が関わるからだ。例えば化学肥料を使わない有機農業は窒素抑制の切り札になるが、普及には消費者の意識改革や生産者・肥料メーカーとの利害調整が避けて通れない。廃棄物処理などでも誰が費用を負担するかが課題だ。
国際的には気候変動枠組み条約や生物多様性条約など関係する条約で対応策を探る「条約間調整」の動きが出てきた。国内でも農林水産省、環境省、経産省などの関係省庁が協議の場を設けたり、関連業界や消費者の理解を深めたりし、回収・再利用の仕組みや規制の是非について検討を急ぐ必要がある。
(編集委員 久保田啓介)
[日経産業新聞2022年2月4日付]
